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「ひまわりいろの」
神父様がブラギの塔へ行くといったとき、あたしは絶対一緒に行く、といった。
ブラギの塔といったら神聖な場所だけど、周辺は海賊の跋扈する物騒な地帯。あたしの目から見てすら「か弱い」神父様がお一人で行くのは危険すぎだ。
あたしは聖痕がないからトールハンマーこそ使えないけど雷を操る才能は希有のものがあると父や兄を唸らせた程の魔術の使い手で、ちょっとした荒事なら簡単にあしらう自信がある。
だから大好きな神父様をお守りするため、護衛として同行するといった。それは紛れもなく真実だ。
でも、つまらない日常とは違うなにか面白いことに出会えるんじゃないかって気持ちが大きかったのは確か。
……確かなんだけど。
「こんなのは望んじゃいないわよ」
トローンの呪文が喚んだ雷に撃たれぶすぶすとくすぶる海賊の倒れる様に、あたしは思わず呻いた。
ブラギの塔の外で神父様が神託を受けて戻って来るのを待っていたのはついさっき。
早く戻って来ないかなー、なんて呑気に、海に向かって足下の小石を投げてた。
したら、なんだかオーガヒルの方から喧噪が聞こえてきて。なんだろ、って首を伸ばしたのと、神父様が戻って来たのが同時くらい。
心なしか憔悴した様子の神父様は、ずいぶん待たせてしまって……すみません、退屈したでしょう? と優しいことをいってくれた。
そんなふうに恐縮されちゃうと、いいえー、なんてにっこりしてしまうのは「恋する乙女」としては仕方ないことだよね。
神父様は見たこともない薄汚れた杖を携えておられて、失われて久しかったバルキリーの杖ですよ、とあたしに説明してくれた。なんでも死者を甦らせるウソみたいな力のある杖なんだって。もっとも全ての死者を生き還らせることが出来るわけではないらしいんだけど。
そんな説明をしてくれながらも、神父様は心ここに在らずの体だった。
なんかヘーンな神託でも受けちゃったのかなあ。
そう思って疑問を発しようかと思った時に、より大きな喧噪。
あたしと神父様は、ぎょっとしてオーガヒルの方に目を凝らす。
視線の方向から、程なくキラキラ輝く人影と、それを追っていると思われる一団が駆けてくるのが見えた。
いけません、助けなくては、そういって神父様が駆け出してしまう。
助けるもなにもどっちがイイモンでどっちがワルモンか判らないし、第一神父様呪文書も武器も持って来てないじゃない。駆けつけたってなんの助けにもならない。それどころか神父様の身が危ない。
仕方なしにあたしも走った。トローンの呪文書を取り出して。
追われていた人は女の人だった。
キラキラしてたのは波打つ金髪だ。
そして金茶色の瞳と整った顔立ちが、すっごい見覚えがあった。
バーハラの王宮で見かけたユングヴィの公女にそっくり。日に焼けて野性的で、身なりも粗末なものだけど、顔はエーディンだった。
これはどう見ても、追ってくる方がワルイモン。
ローブがまとわりついて走りにくそうな神父様を追い抜いたあたしは、後ろに迫るいかにも悪人面の一団にトローンを放った。
男達はいきなり振ってきた雷に足を止め、女の人はそのスキにあたしの所まで辿り着く。
「助かった」
そういってあたしに並んだ彼女は、弓を引き絞って狙いを付ける。
あたしも再び呪文の詠唱にはいる。
追いついた神父様のリザーブの援護もあって、追ってきた男達は皆倒れるか逃げるか、した。
はー、つっかれたー。あたしはそういって大袈裟に息を吐く。
彼女の方も一息ついて弓を下ろすと、あたしと神父様に向き直って笑った。エーディンに似てるけど、エーディンは絶対しないからっとした笑みで。
「ホント助かったよ。ありがとう」
「いいんだけど……どうしてあんなのに追われてたの? あいつらなに? 人さらい?」
「ティルテュ」
神父様がたしなめるけど、でも関わっちゃったんだし、聞いておきたいじゃない。
彼女は、少し寂しそうに、自嘲するよう答えた。
「あたしはブリギッド。オーガヒルの海賊の頭目だ。いや、だったというべきかな。
あいつらはあたしの手下だった者達だよ」
か、海賊? それも頭目? そんで手下? ……えーと、どこにポイントを置いて驚けばいいのかな。
あたしが言葉に詰まっていると、神父様が助け船を出してくれた。いや、助け船のつもりがあったかは判らないんだけど。
「オーガヒルの海賊といえば義賊と聞きますが、一体どうして」
……彼女の話によると、なんでも義賊でならした前頭目が亡くなって娘のブリギッドが跡を継いだそうなんだけど、したら手下達がいうこと聞かなくなっちゃったんだって。それで反乱起こされてここまで逃げてきたって。
神父様は、それなら我々と共にアグスティまで行きましょう、ってブリギッドに申し出ている。まあ、これからの道中もまだちょっと長いし、海賊の危険は大きいし、戦力が増えるのは大歓迎。
そんなふうにしてあたし達は再びアグスティに向けて出発した。
……のだけど。
数えるくらいしか進んでないのにまた新手が来てしまった。
「やだー、また海賊ー?」
「ちっ、しつこいな」
あたしは呪文の詠唱を始め、ブリギッドは矢をつがえる。神父様も杖を構えて……、そうやって何人海賊を返り討ちにしただろう。
ふと気付くと、ブリギッドも神父様も側にいない。
やだ、はぐれちゃったの?
きょろきょろ辺りを見回してたら、岩陰からヒゲ面が飛び出してきた。
「きゃあ!」
慌てて後退して呪文書を構える。
けど、斧を振り雄叫びをあげて迫るヒゲ面の方が早い。
ティルテュちゃん大ピーンチ。あたしはぎゅっと目を閉じ、衝撃を予想して身構える。
次の瞬間。
あたしは突き飛ばされ、地面に尻餅をついていた。
続いて金属がかち合う音と、「ぎゃあ!」という叫び声。そして。どさり、と何かが倒れる音。
………ぎゃあ?
恐る恐る目を開ける。
真紅の鎧の騎士が、白馬の上から海賊の遺骸を見下ろしていた。そして下馬すると、まだ座り込んだままのあたしに手を差しのべる。
「お怪我は」
あたしは騎士の手を取り、そしてじろりとその顔を睨みつけた。
軟らかそうな金髪にブルーグレイの瞳。整った顔立ち。精悍、といっていいかな? 助けてくれたんだし、味方だとは思うんだけど。
「ティルテュ公女、ですよね?」
「え? なんであたしを知ってるの? あなた、誰よ?」
なんだかムカムカしてしまって、つっけんどんにあたしは聞いた。
騎士はあたしのあからさまな態度に嫌な顔一つ見せず、それどころか非常に丁寧な物腰で答えた。
「シアルフィ聖騎士団グリューンリッターのノイッシュです。主命により、あなた方を迎えに来ました」
「ならなんでもっと早く来ないのよ! 死んじゃうかと思ったじゃない!」
気がつくとあたしは、ノイッシュと名乗る騎士を思い切り怒鳴りつけていた。
ノイッシュは困った顔をしてあたしを見下ろす。彼の背丈はあたしより頭一つ分くらい高い。
あたしも、怒鳴ったおかげでムカムカは解消したのだけど、今更かわいくお礼も出来なくてなんとなく気まずいままノイッシュを見上げていた。
どうしよう。
――って。困ってる場合じゃない。
「神父様とブリギッドがはぐれたままなの。早く助けに行かなくちゃ」
「クロード神父に、ブリギッド?」
ノイッシュが首を傾げる。
「話すと長いのよ。とにかく助けに行かないと」
「わかりました――いや、しかし」
なんか葛藤してるし。
そこに。
蹄の駆ける音と共に、こんどは緑の鎧の騎士が現れた。
「なんだノイッシュ、ここにいたのか」
「ああ、アレク」
「知り合い?」
「はい。同じグリューンリッターの騎士です。――アレク、クロード神父とブリギッドという方がまだ海賊と戦っているらしい」
「ああ、クロード神父ならフュリーが一緒にいるから大丈夫だ。ブリギッドって?」
アレクと呼ばれた騎士が首を傾げる。
「海賊に追われてたとこを合流したのよ。長い金髪でエーディンそっくりなの。だから目立つと思うんだけど」
「ひゅう」
口笛一つ。
「エーディン公女そっくりってことは、相当の美人だな。どっちに行ったかわかるか?」
「北の方に駆けてったのを見たきりよ。でもそう遠くに行ってないと思う」
「アレク」
「わかってる」
馬首を巡らし、アレクは駆けていった。
「ティルテュ公女、我々も行きましょう」
馬上の人になったノイッシュは、あたしに手を差し出す。
「………お手々繋いで?」
ノイッシュはたてがみに突っ伏した。
ノイッシュの差し出した手ってのは、つまり、馬に乗ってくれって意味だった。
乗馬なんてやったことないわ、っていったら、自分の後ろに乗って捕まっていればいいって。
わたしを歩かせて自分は馬でってのは、わたしに失礼なんだそうだ。
馬の背はあたしの目線くらい。よじ登れっていうの、その方がよっぽど失礼よ、っていったら、恐縮したように馬から下りて、そんであたしを抱き上げて鞍に乗せた。
で、自分はその後ろにひらりと跨って。
なんか、前抱っこ状態?
「あなたが後ろに乗っちゃったら、あたしは何に捕まればいいの」
ふてくされたようにあたしがいうと、ノイッシュは言葉に詰まった。そして、
「支えますから、わたしにその、寄りかかって下さい」
なんかたどたどしく答える。
あたしはお言葉に甘えて、ノイッシュを背もたれにすることにした。
馬上は想像以上に揺れたけど、そのおかげでなかなか快適だった。鎧の胸当てが適度な堅さでね。
海岸に出ると、神父様とペガサスを連れた女騎士がいた。さっきアレクがいってたフュリーって人かな。
「ティルテュ、無事だったのですね。ブリギッドはどうしましたか?」
神父様はあたしを見て安堵し、そしてブリギッドの安否を気にする。お優しいな、やっぱし。
しばらくして、アレクとブリギッドが合流した。
馬が足を止めると、ブリギッドはアレクの後ろからひらりと飛び降りる。金髪がふわっと流れて。凄くかっこいい。
なんでも数人の海賊を相手に戦ってたところ、アレクの加勢であっさり決着がついたらしい。もちろん、ブリギッド達の勝利で。
あたしがひらひら手を振ると、ブリギッドはにやっと笑って片手をあげた。
ノイッシュは下馬し、手綱を引いてアレク達のもとへ向かった。
……って、あたしはまだ馬上なんだけど。そんで、背もたれなしで、揺れて恐いんだけど。気がきかないなあ。
ノイッシュはアレクとなんか相談してるようだ。
頭が、あたしの目線よりやや下にある。手を伸ばすと届くくらい。
金髪に日の光があたって、キラキラしてちょっと綺麗。神父様もブリギッドも金髪だけどちょっと色合いが違うかな。神父様はもうちょっと淡いカンジだし、ブリギッドは蜂蜜色だ。
あたしは、あたしのフリージ家特有の青みがかった銀髪をとても気に入ってる。冴え冴えとしてクールじゃない。毎日ちゃんとブラッシングして、時間かけて結わえるんだから。
でも、金髪もいいなあ。お日様みたいな、暖かい色合い。ひまわりのよう。
うー、なんか悔しいな。
「痛っ。……ティルテュ公女?」
「え?」
ノイッシュの声に我に返る。
あたしはいつの間にか、ノイッシュの頭に手を伸ばして髪を引っ張っていた。あれえ。
「どうかしましたか?」
「どうって……」
口ごもると、アレクが余計な茶々を入れた。
「ノイッシュ、ずいぶん懐かれたじゃないか」
「アレク、失礼だぞ」
「懐いてるんじゃないもん!」
ノイッシュが振り返る。
えーと、えーと、ええっと、
「うー。なんか頭に来るのよ、その金髪」
「公女……」
ノイッシュはうろたえる。
アレクが肩を竦め、そしてなぜかブリギッドは爆笑していた。
理不尽なのは自分でもわかってる。なんで口に出ちゃったんだろうな。
神父様が眉をひそめて説教モードに入りそうになったので、あたしはノイッシュの頭をぺちっとはたいて、早く行くんじゃなかったの、って促した。
「それじゃ、わたしたちは先に」
天馬騎士がそういって、神父様を後ろに乗せる。
って、ええ?
「神父様、ペガサスに乗ってっちゃうの?」
「はい。早急にシグルド殿に報告したいことがあるのです。申し訳ありませんが、彼女のペガサスで先に戻ります」
「えー、そんなあ」
「まあいいじゃないか。あたしたちはゆっくり陸地を戻るとしようよ」
ブリギッドは、オーガヒルの様子も確認しておきたいしな、と続ける。
でもお、ってごねるあたしに神父様は優しく笑いかけて。では、アグスティで。そういい残して飛び立ってしまった。
白いペガサスの羽根が、ひらっと落ちる。
ブリギッドがそれを拾って、ほら、あげるよ、とあたしに手渡した。
お子ちゃまにご機嫌取りするんじゃないんだから、と思ったけど、羽根は綺麗なので有り難く受け取る。
……羽根一枚でなおる機嫌てのもなんか情けないんだけど。
アレクとブリギッドも素早く馬に相乗りしちゃってるし、ここで立ち止まっててもしょうがないしね。
「ほらノイッシュ、早く出発しよ」
純白の羽根先でノイッシュの頭をつついて。
ノイッシュは慌てたように頷いて、再びあたしの後ろに跨った。
ブリギッドがくすくす笑うのに肩をすくめて見せてから、ノイッシュにこんともたれる。
神父様と色々お話ししたかったのにい、なんて、文句一ついってみると、ノイッシュはすいません、って恐縮した。べつにノイッシュが悪い訳じゃないのに。なんか、面白い。
ホントは馬上で海を眺めながらゆったり移動ってのもいいかもしんない、って思い始めてたけど――ノイッシュが困り顔で色々気を使ってくれるのは心地よいから、それはナイショにしたまま。
とりあえずオーガヒル方面に向かって、あたし達は出発した。
とぅ・びー・こんてぃにゅうど?
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