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「ショッピング #4」 (後)
観客に向かって手を挙げてみせるラクチェの様子に、ああ調子に乗ってるな、とスカサハは思った。
「ラクチェ、すごいですね。あっという間に五人抜きなんて」
そういって、ユリアは素直に感心しているけど。
トラキアで。調子に乗って引き際に留意せず敵に突っ込んでいって。他人の手を借りないと陣地に戻れないくらい怪我を背負って。そして、治療を終えたラナにしこたま怒られてふてくされていた。そんな姿が記憶に新しい兄の身としては、しょうがないやつだな、と嘆息せずには居られない。
目の前では暗黒司祭と魔法騎士の対戦が始まっていた。
魔法の応酬が続いたが、回避に優れる暗黒司祭に分があるように見える。
と。
目のはしに、黒い陰が動いた。
不穏なものを感じる。
どうかしたのですか? と小首を傾げるユリアには、なんでもないよ、と笑って見せ。そして、さりげなく、場内を見回す。
気のせいだったのだろうか。
「ラクチェさんたちは、この次ですか?」
「いや、この対戦の勝者が相手になるから、この後もう一試合くらい間に入るはずだな。ラクチェは多分、剣の修理でもしてるんだと思う……様子見に行こうか?」
はい、とユリアは頷いた。
「ふんふふーん、あっとふったり〜」
やれやれ、と。「諦め」に近い、けどなぜか「迷惑」とは遠い感情で、レスターは出場者控えへ続く通路を歩いていた。
その後ろに。調子外れの鼻歌を歌いながら、傷と剣の損傷をすっかり完治させたラクチェが続く。
「そういや、どっちが勝ったんだろ」
「ん?」
「さっきの。暗黒司祭と、魔法騎士。カタイのは魔法騎士だけど」
「身軽さは司祭の方が上じゃないか?」
「やっぱ、そう思う? ま、どっちが勝ち上がって来たって、わたしの敵じゃないけどね」
「おまえね」
レスターは苦笑し。
不意に、足を止めた。
よそ見していたラクチェは、まともにレスターにぶつかる。
「ったー。なんでいきなり止まるのよ!」
背負った矢筒にまともに鼻をぶつけ、文句をいうラクチェに。
「いや……」
不信げに。レスターは言葉を濁す。
と。
「やっと見つけたぞ、ノーテ。手間をかけさせてくれたな」
陰気な声が、聞こえた。
「手間を惜しむなら、追って来なければよかろう」
続く、いなす調子の、男の声。
そーっと、レスターは声に近づいた。
通路を、控え室とは逆方向に曲がった先。扉が半分開いている。多分、使われていない、倉庫かなにか。
覗き込んでみる。
漆黒の司祭服の青年が、数人の黒衣の者達に囲まれていた。魔道士、魔道士、僧侶、剣士、剣士、剣士、といった内訳。
「ロプト教団?」
同様に付いて来て、レスターの下から覗き込んだラクチェがつぶやく。
「相変わらずの減らず口を。だがな、そんな口を叩いていられるのも今だけだ。なぜならお前は、ここで死ぬのだからな」
陳腐な台詞。ステロタイプの悪役だ。精一杯凄みをきかせているつもりのようだけど。
「そんな予定はわたしにはないぞ」
きっぱり答える司祭服の青年。こちらは余裕が感じられる。
「なあ、ここでやり合ったら、お互い無傷という訳にはいくまい? 見なかったことにして、帰らないか? わたしも、もうこれ以上手は汚したくないんだ」
「ほざけ」
黒衣の男が手を挙げる。周りの者達がそれぞれの得物を構えた。
司祭服の青年は肩を竦め。
そして。
ふ、と半身後退して斬りかかる剣を避け、青年は懐に手を入れた。二、三の剣戟を避け、呪文書を取り出す。
黒革の、使い込まれた感ある呪文書。
そこへ。魔道士が組み立て終えた呪文を放ち、青年は回避行動を取らざるを得ない。
こりゃ時間の問題かな。介入すべきか判断尽きかねていたレスターは、どうする、とラクチェに声をかける。
空振りした。
「多勢に無勢なんて卑怯なのよ!」
と。
ラクチェは、既に飛び出した後だったから。
突然飛び出してきた少女剣士に、黒衣の魔道士達の注意が幾分削がれた。
その隙に。
司祭服の青年は、呪文を組み立て終える。
――暗黒のへび その棲処よりいでて 闇へいざなえ
ナガモノに模した昏い「ちから」が、剣士の一人に襲いかかった。
ヨツムンガンド。
闇魔法だ。
高位の魔法ではない。しかし、より高位にある魔法フェンリルと比べ、軽く、威力が大きい。確実性に優る。劣るのは、その射程のみ。
実用的、といえる。
「へび」に襲われた剣士が、避けきれず地に臥した。
こときれてはいない。しかし、不意をつかれてダメージが大きかったのだろう。立ち上がる様子はない。
更に、ラクチェの剣を真っ直ぐに受けた僧侶が、避けきれず倒れた。
これで四対三。数にはまだ劣るが、杖の援護は消えたな。そうひとりごちて弓を構えたレスターは、リーダーと思しき魔道士に狙いを付ける。
狭い室内、しかも混戦の状況で矢を放つのは味方に――明確に味方といえるのはラクチェだけだが――当たる可能性が大きいから、これは牽制と保険だ。
魔道士達と、司祭服の青年の動きが止まった。
斬りかかった勢いで倒れた男を踏みそうになり、ラクチェは慌ててたたらを踏む。しかし、その高い運動能力でもってとっとと体勢を立て直し、剣を構え向き直った。
そして。
「で、悪者は、どっち」
一瞬。
唖然、としか表現できない感情が、辺りを支配した。
一人倒しといて、どっちはないよな。一人冷静なレスターは、狙いを付けたまま溜め息を付く。
「世間一般をどっちに置くかによって変わるのだが、ロプトを善エッダを悪とするならばどちらも善だ」
いち早く立ち直った司祭服の青年が、魔道書を閉じていった。
「しかし、帝国を善それに与せぬを悪とするなら、わたしが悪だな」
「ややこしいいい方ね。つまり、あっちが悪者ってこと?」
青年は、おや、という表情になり。
「解放軍から見れば、そうだな」
解放軍、の言葉に。
黒衣の者達は色めき立つ。
「そうか、やはりお前は、解放軍と通じていたんだな。――お前と、そして解放軍の者を捕らえたなら、今までの失態がすべて帳消しになる。いや、むしろ手柄となろう」
「今の話をどう聞けばそうなるのだ、ジァラク。やはりお前は馬鹿だったのだな」
「黙れノーテ! 殺してやる。お前の遺骸を持ち帰り、豚にでもくれてやる。判っているな、お前達。こいつらを倒せば、報償も出世も思いのままだ」
ジァラク、と呼ばれた魔道士が片手を挙げ。
再び。斬り合いが始まった。
しまった、つい話を聞き入ってしまった、と。矢をつがえたままだったレスターはひとりごちた。
蕩々と話しているうちに、魔道士を射ておくんだった。
まあ、過ぎたことは仕方ない。見たところまだ攻勢だし、だいたい弓以外に手練れた得物は持ってきてないし、いざとなったらラクチェの炎の剣を借りるとして今は見守るか。
ラクチェの背後から斬りかかろうとする剣士に向けて、レスターは牽制の矢を放つ。あさってに外れるのは、まあ、計算通り。
その矢に警戒心を起こしてか。動きが鈍った剣士の隙をつき、ノーテと呼ばれた司祭が紡ぎあげた呪文をぶつけた。
半身ほど避けられ、剣士は衝撃によろめくも素早く立ち直る。
すかさずとどめを刺そうとしていたラクチェは、魔道士の飛ばしたフェンリルを避けてタイミングを失った。
そして。
二、三、そんなやり取りが続いただろうか。
膠着したな、と。レスターは内心思う。
優勢は、優勢。しかし、魔術師の手勢は手堅く仕掛け、だれてきたこっちの隙を的確についてくる。体力と、気力勝負か。
司祭ノーテは当事者だししぶとそうだけど、飛び込みのこっち、主にラクチェはそろそろ飽きてきている。多分。
と。
「うひゃあ」
魔法を避けたところ倒れていた剣士につっかかり、ラクチェは体勢を崩した。
まずい。
ノーテがカバーに入り、レスターは魔道士に狙いを付け矢を放つ。回避行動のため詠唱が止まるが、こっちもノーテの詠唱が中断してしまった。そして、もう一人の魔道士が。
ああ、勇者の弓の方をもってくるんだった、とレスターが歯噛みしたとき。
――ちいさきいのち 我が元にまいりて 我がかてとなれ
「リザイア」
柔らかく澄んだ声。
思いもよらぬ方向からの攻撃に、まともに喰らった魔道士が脱力し膝を折る。
そして。
「大丈夫か、レスター」
駆けつける、黒髪の剣士。再び魔道書を開く銀髪の佳人。
「スカサハ、ユリア」
助かった、と。思わず安堵の声を漏らした。
思わぬ加勢に、勝ち目なしと判断したのだろう。魔術師達が撤退するのは非常に素早かった。倒れた者達もきちんと持参して、窓を破って逃げ去ったロプトの面々。
「必ず殺してやるからな、ノーテ」
と、物騒な捨て台詞を残して。
あの窓は誰が弁償するんだろうな、と。レスターは愚にもつかないことを思う。
追いすがろうとしたラクチェは、ノーテに止められた。
なんでよ、とくってかかるラクチェに、すまないな、と自嘲するかの笑みを洩らして。
「あれでも友達だったのだ。捕らえられるにしても倒されるにしても、わたしの知らないところにして欲しい」
普通逆じゃないの、と。文句をいいながらラクチェは足を止める。
そして、ノーテに向き直った。
「で、結局のところ今のはなに。あんたは誰」
総勢四人に囲まれた暗黒司祭は肩をすくめ。そして淡々と、事情を話した。
ロプト教団の司祭であったが、意見の相違があって教団を辞めたこと。しかし円満退団というわけにはいかず、裏切り者として追っ手がかかったこと。
そして。
逃亡の途中で路銀が尽き、闘技場で稼いでいたところ、
「見つかっしまった、と」
「そういうことだ」
「まぬけねえ」
「確かにな」
追っ手が思いの外増えていて、正直やばかった、たすかったよ、と。ノーテは締めくくる。
「ふうん。
……教団に疑問を持っている人間は、結構多いのかい」
ふと、レスターにある期待が浮かんだ。
リーフ王子が率いていたレンスター軍にも、同様に教団から逃亡した暗黒魔術師がいた。直接面識はないからどういった理由で教団を抜けたのかは判らないが、しかし教団に疑問を持つものが内部に多数あるなら、それらと通じて帝国を内部から切り崩すことが出来るのではないか。そんなふうに。
「いや、そうでもないな」
しかし、ノーテの返答はにべもない。
「多くのものは信じているのだ。弾圧されていたロプト教徒を救いたもうた皇帝陛下。現在の凶行は神に捧げられるにえであり、犠牲者たちは来るべき千年王国の礎。その魂は神の御許へ辿り着き、永遠の安寧が与えられる――」
「そんなの」
「嘘かどうかは、誰にもわからんよ」
そういって、笑う。なぜか、清々しい、そんな形容の似合う笑み。
「さて。当面の路銀はなんとなく稼げたし、これ以上の長居は無用だろう。わたしはまた逃亡の旅路に出るとするよ。あんたたちにはいつか借りを返したいが……まあ、期待はしないでくれ。ではな」
そういって。くるり。ノーテはきびすを返す。その背に、
「ちょっと待て」
「うん?」
振り返る司祭。それに向かって、レスターは子袋を投げた。ちゃり、と音がする。
「路銀のたしにしてくれ。
気づいていると思うが、俺達は解放軍の人間だ。実をいえばあなたの様な力のある人間には協力を請いたいが――」
ノーテは頭を振り、
「それは出来ない。すまないが」
「だろうな」
レスターはあっさり頷く。
「けど、今だ続く小競り合いに巻き込まれた人々を、助けるくらいはいいだろう?」
ノーテはレスターの顔と小袋を交互に見、
「……ふむ。
そうだな。目の前に助けの必要なものがあったら、それに助力するのはやぶさかではないよ」
にこ、と笑った。
では、ありがたく頂いていこう。いって子袋を懐にしまい、そしてノーテは立ち去った。
ノーテの姿が見えなくなってから。
「もっと強く勧誘すればよかったのに」
あの人かなり強かったわよ、ラクチェはそういってレスターを見上げた。
「追われる身になっても、帝国やロプト教団に対して敵対心を抱いていないんだ。そういう人に帝国と戦えっていうのは難しいだろう」
「そうかなあ」
ラクチェは尚も不満そうだ。
「あの」
おずおずと口を挟むユリア。
「ん? なに?
あ、そうそう。さっきは助かったわ。ありがと。けど、どうしてこんなところにいるの?」
「おまえの様子を見に行く途中だったんだよ」
ラクチェの矢継ぎ早の質問に、スカサハが苦笑する。
「ふーん。見ての通り絶好調よ。今のでちょっと疲れたけど、怪我とかはしなかったしね」
「あ、リライブ、かけますか?」
「大丈夫、大丈夫」
「それよりユリア、さっきなにかいいかけなかったか?」
「あ」
両の手を口元で広げ。
「あの、そろそろ戻らないと、次の対戦が始まってしまうんじゃ、って」
「あああああ! まずいかな、まずいかも。レスター、早く行こう。
あ、ユリア、最後までちゃーんと見ててね。スカサハ、しっかりお供するのよ」
「っておい……ったく。一人でさっさと行くなっての。
じゃあ俺ももう行くよ。またあとでな」
もう姿の見えないラクチェを追って、レスターも走り去る。
「……俺達も、観客席に戻ろうか」
「そうですね」
顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれたあと。
スカサハとユリアも観客席に戻るため歩き出した。
慌てて出場者席に飛び込んだラクチェ。それを見て、闘技場の従業員が近づいて来た。
「あんたの対戦相手が棄権してね。六戦目はあんたの不戦勝だよ」
男は、手に持った帳面を繰りながら、そういう。
「ええっ、なんで」
「知らんよ、そんなことは。五連勝分の賞金を持って行ったよ」
「つまんないーっ」
「その人ってひょっとして、暗黒司祭じゃないか?」
口を挟んだレスターに男は方眉を上げ、
「よく知ってるな。あんたの次の対戦で魔法騎士を倒したヤツさ。ずいぶん慌しく去って行いったな」
七戦目はさっき勝ち抜いた「女王」だ、この対戦の次だから、準備しといた方がいいんじゃないか。そう行って、男は他の出場者へ向かう。
「ねえレスター、ひょっとして棄権したのって」
「ノーテだろう」
「そっか。ノーテじゃ仕方ないわね」
大きく伸びをし。銀の大剣を抜き、その刃を眺める。さっきの小競り合いは「軟らかな」者ばかりだったため、特に損傷は見られない。次も楽勝ね。そういってラクチェは、に、と笑った。
「女王」インドラに対し、ラクチェは華麗に勝利を収めた。
これで、不戦勝を含むものの、全勝。七人抜き。
見た目だけは可憐な少女が、それをやってのけた。観客席は、大いに沸く。
ラクチェが両手を振って応え、それから出場者席へ戻っていく。
惜しみない拍手をラクチェに送っていたユリアは、その一連まで見届けたあと、スカサハを見上げた。
「ラクチェ、本当に七人抜きしましたね」
「そうだな」
スカサハは頷く。
「あの」
「ん?」
「この後、」
「――少し、買い物でもしていかないか」
「はい」
ユリアははにかんだ。そして立ち上がり。
ふと。思い出したように、ぽん、と両の手を打った。
「あの、スカサハ。賭け金の精算は、どこでするか判りますか?」
「はい?」
ロビーに立ったスカサハとユリアを見とめ、賭けの胴元の男が苦笑いしながら手を上げた。
台の下から、さああんたの取り分だ、持ってきな、と袋を取り出す。
ぎっしりと金貨の詰まったそれ。どう見てもえらい重量だ。
総額で、五〇〇〇〇Gあるという。
ユリアは困ったようにスカサハを見上げた。
困り顔のユリアも、綺麗だな。状況についていけず混乱したままの頭で、スカサハはそんなことを思う。
ユリアは少し考え、そしてこっくり頷き。
「スカサハ、半分あげます」
「え?」
「五〇〇〇〇Gも、持ちきれないんです。だから、半分あげます」
「……えーと」
ありがたいような、情けないような、少し困るような。
「と、とりあえず、なにか買い物したらいいんじゃないか? それでも余るようなら、ありがたく貰うから」
いいながら、袋を持つ。
「そうですね」
ユリアは頷き、そして胴元の男にぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、行きましょうか」
差し出されたスカサハの手を取り。そして二人は闘技場出口へと向かった。
それを見送りながら。
ビギナーズラックってヤツかな、胴元はそうひとりごちた。
一方。
闘技場の帰り、上機嫌のラクチェは、賞金いっぱいもらっちゃったから奢るわ、と、無理やりレスターを引きずって一軒の飲食店に入った。
そこで見知った面々と出くわし、真昼間からのプチ宴会へ雪崩れ込んだりするのは、まあ別の話である。
もどる。 えんど。
20010421
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