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「ごほうび」
/46の台詞「抱っこしてあげる」
――あいつは朴念仁だから、公女の方から動かないと進展しませんよ。
シレジアには珍しい小春日和、小休止の茶飲みの席で、アレクはあたしにこっそり耳打ちした。同席していた親友の目を盗んで。
あっさり目を盗まれた朴念仁はといえば、あたしが転がしてしまった匙を拾ってくれるためにテーブル下にしゃがみ込んでいたのだけど。
アレク曰く「ティルテュ公女に懐かれているノイッシュ」の、相変わらずの石頭に業を煮やしての発言だった。
実際のところは、面白がっているだけなんだろう。公女と一緒にいるあいつは見てて飽きません、なんていってたのは記憶に新しい。直後に、俺は友人思いですからね、いけしゃあしゃあうそぶく辺りが、更に印象を軽くする。ほんと失礼で、ちょっと頭に来ちゃう。
けど、それ以上に大いに頷けた。
まったく、よく理解してること。「親友」の二文字は、伊達じゃない。
――と、これがまあ、先週のこと。
それで今のあたしはといえば、雑貨のつまった袋を抱えるノイッシュの隣で、手ぶらでひらひら歩いていたりした。
はしたない、と思うけど、それ以上に欲しいのだから仕方ない。
アレクの言葉に大いに頷いたあたしは、あれから暇を見てはノイッシュの元を訪れ、遊んでもらったり仕事を手伝ったり結果的に邪魔をしたりしている。ノイッシュは嫌な顔はしないし、あたしを邪険にする態度を取ったりもしない。確実に迷惑はかけているんだけど、疎ましがられてないならいいかな、と、これは希望的観測だ。
今日も今日とて朝っぱらからノイッシュを襲撃したあたしは、せっかくの休日なんだから出かけようよねえねえ、と彼の服の裾を引っぱり。困ったように苦笑して、けど快く頷いてくれたのをいいことに、セイレーンの城下町に繰り出た。
冴え冴えといい天気。冬のシレジアはグランベルを出たことのなかったあたしには想像を絶する寒さだけれど、今日はちょっと暖かい。
いい小春日和ですね、とノイッシュが笑う。よそ行きの笑顔。アレクやアーダン、オイフェ達に見せる朗らかなそれではなくて、あたしは少し、寂しくなる。
ノイッシュは騎士だから、身分ある婦人を邪険に扱うことは決してしない。だから、こうやってあたしに付き合ってくれるのは、公女というあたしの身分に敬意を表しているだけなのかも知れない。それに、あたしみたいながちゃがちゃした女の子は、生真面目なノイッシュには煩すぎて似合わないって、本当は、思う。
けど。
さんざん歩き回って雑貨を漁って、ちょっとくたくたになってあたし達はセイレーン城に戻った。
部屋に荷物を置いて、それでは、と去ろうとしたノイッシュ。その腕を掴んで、あたしは彼を引き留めた。べたべたされることに慣れていない、或いは苦手なノイッシュは、うろたえ困り顔であたしを見下ろす。
のどが渇いたのよ。お茶くらい付き合ってくれてもいいでしょう。
留め置く言葉一つ取ってみても、あたしは生意気でかわいげがない。
紅茶、お茶請けは先日ブリギッドにお裾分けしてもらった乾果物のタルト。
ノイッシュは居心地悪そうに、カップの中の琥珀色を睨んでいる。
そういえば、こうやって二人きりでテーブルを挟むのは初めてかも知れない。まあ、書類と一人戦う彼を強襲したことはあったけど、あのときあたし達の間には、山と積まれた紙の束があった。
間が持たない、とか、居たたまれない、とか、そんなことを考えているのだろう。ノイッシュは少しそわそわしていて、それがあたしには哀しい。けど、こうやって二人でいるのは、嬉しい。二律相反する気持ちに自虐的に浸った後、かんしゃくを起こしてぶち壊すのがあたしの常だったのだけれど、今日のティルテュさんは違うのだ。
ねえ、とあたしはノイッシュに声をかける。
いつも振り回しているじゃない。今日も荷物持ちさせちゃったし。だから、なにかお礼がしたいんだけど。
いえ、改まってお礼をされるようなことはしていません、とノイッシュはかしこまる。
けど、あたしは食い下がった。とにかく、なにかしたいの。ノイッシュに。
ノイッシュはしばらく考え込み、それから困ったように顔を上げた。そういわれましても、なにも思いつきません。その気持ちだけで充分ですよ。
ああ、埒があかない。
あたしは立ち上がった。テーブルを半周して、ノイッシュの側に立つ。やけくそというか、賭というか。そんな心持ち。少し怖くもあり、けど限界だった。
あのね、じゃあ、あたしがしたいことをしてあげる。ちょっと、こっちを向いて。
なんですか、と。ノイッシュは椅子をずらし、あたしに面と向かった。
その首に、腕を回して。
「抱っこしてあげる」
ぎゅう、と。腕に力を入れた。
張りつめた、硬い感触と、体温が心地いい。金色の髪は意外に猫っ毛で、柔らかにあたしをくすぐった。――ああ、これじゃ、ノイッシュにじゃなくてあたしへのご褒美だわ。耳に頬を寄せて、首元に顔を埋める。
「こ、公女」
慌てたような、彼の声が聞こえる。
嫌なら、迷惑なら、突き飛ばして。じゃなかったらあたし、都合よく解釈するからね。
精一杯の強がりの脅しめいた台詞。それを吐く声は、少し震えていたのかも知れない。
やがて遠慮がちに、あたしの腰に彼の腕が回され。
あたしはノイッシュに、べったりと全身を預けた。
えんど。
20031112記/20040210加筆修正
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