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「ひざまくら」
/46の台詞
「やだやだやだやだ絶対やだ」(ノイッシュ&ティルテュ)
「物は相談なんだけど」(アレク&ブリギッド)
「変だよ、絶対変だ」(アゼル&アイラ)
「そのいち」/【や】「やだやだやだやだ絶対やだ」
幸せというのは、割と他愛ない。
膝の上の温かい重みに、あたしは今更のようにそんなことを実感していた。うん、乙女ちっく。
いつものごとく暇を持て余していたあたしは、日課のようにセイレーン城の書庫閲覧室を強襲し、けど目当ての顔が見当たらないことに面食らった。
乱雑に重なる紙の山に頬杖を付く、勤務態度が上等な緑髪の男がいうにはこうだ。
大の男三人が狭い部屋に雁首揃えているのもいい加減鬱陶しいんで、交代で休憩を取る第一陣として追い出したんですよ。
生真面目が過ぎて休もうとしない金髪の騎士に無理矢理休憩を強制した、ってのがホントのとこだろう。それを、こんなひねくれたいい方しかしないのは、軟派を気取るアレクらしくて可笑しい。
けど、それはそれ。
「どうしてあたしが来るタイミングに追い出すのよーう」
文句をいうと、アレクは苦笑した。
「すいません。けど、追い出されて行く先は、公女のとこしかないと思ったんだけどな」
そんな気の利く人じゃないでしょ、とあたしがふくれると、まあそりゃそうか、と肩を竦めて笑う。もう、笑いごとじゃないんだってば。
それで、ぶちぶち文句をいいながら気晴らしに城の裏の小さな森を散策していたら。
見つけたのだ。はちみつ色の、猫毛を。
散策路、といっても造られたのではなく自然に出来たものなのだけど、そこからちょっと入った小さな広場。僅かに開けた草地の日溜まりの端っこ。
上着を畳んだものを枕代わりに、彼は眠っていた。
あたしはそうっと彼の傍らにしゃがみ込む。
その寝顔は、なんというか、可愛らしい。青灰の瞳が閉じられるだけで、堅苦しさ半減てやつだ。
ふに、と頬をつついてみた。幽かに眉を顰めるも、起きる気配はない。
「ノイッシュ、おーい」
声をかけて、ちょっと体を揺すってみる。それでも、起きる気配はない。
完全に、熟睡してる。
うー、つまんない。
そう呟いて、あたしは彼の隣りにべたっと座った。
ふと。思いついた。
座ったまま、彼ににじり寄る。なにも気づかず寝転ける頭のしたにゆっくり手を差し込み、持ち上げた。空いた手で上着枕を抜き取る。そして。膝を滑り込ませた。あたしの。
要するに、ひざまくらだ。
ついでに、お役ご免になった上着を広げ、彼の上に掛けてやる。
この間、彼は身じろぎの一つもない。
騎士なのに、こんなに鈍くていいのかしら。
彼を見下ろして、その髪を撫でたりなんかして、なんとなく温かい気持ちに浸りながら、あたしはくすくす笑った。
――公女、ティルテュ公女。
そう呼ぶ声と。
ぐらぐら揺れる上体に、目が覚めた。
ふわ、と欠伸をして目を擦る。
困ったような表情のノイッシュが、あたしを覗き込んでいた。
あたしは、ぷう、とふくれる。それから、手を伸ばして彼にデコピン。
痛、と額を押さえる彼に、公女じゃないでしょ、と低く訴える。狼狽えた彼は、すいませんティルテュ様、といい直した。次の課題は「様」を取ることね。堅苦しい恋人に、あたしは溜め息を吐く。
辺りを見回す。
まだずいぶん明るい。けど、日差しはさっきより大分柔らかく。
あのまま、いつの間にか眠ってしまったのだ。そして、先に起きた彼に、こうして起こされた、と。
んー、と大きく上体を反らした後。あたしはとびきりの笑顔で、彼に問うた。
「よく、眠れた?」
途端。彼は真っ赤になって。
「は、はい。……えと、あの、す」
す?
「いえ……、ありがとうございました」
はい、よくできました。
えと、じゃ、城に戻る?
そういいながら、あたしは立ち上がろうとし。――失敗。力が入らなくて、ふにゃと崩れる。足が痺れてて、あうあうと身悶えた。感覚がない。
どうしたんですか、と心配そうな彼に。
立てない。足が痺れた。ノイッシュのせいだからね。
そういって、あたしはむくれる。直後に、あたしって可愛くないなあ、なんて後悔もするんだけど。いっちゃったものは、しかたない。
じゃあ、背負いますか。
困ったようにあたしの傍らに膝をつく彼に、あたしは両の手を伸ばしていった。
「抱っこがいい」
ええ、と先程にも増して狼狽えるノイッシュ。あ、なんかすごく楽しい。
にんまりするあたしは。えーと、おんぶにしませんか。ひきつって譲歩を頼むノイッシュに、思い切り首を振った。
「やだやだやだやだ絶対やだ。抱っこがいいの」
それでまあ、彼が友人達に思い切りからかわれていたってのは、また別の話だ。
(20031217)
「そのに」/【も】「物は相談なんだけど」
書庫ってものは大概元は広いが、雑多に積み上げられた書籍によって大抵空間は圧迫されている。長い歴史があれば本道楽の城主も一人二人いておかしくはないし、それが金と時間にあかせて収集すれば、本来本が積まれるべきではない閲覧室にそれが侵蝕していてもなんら不思議がることはない。
と、理屈では理解しているし、しようしまいに係わらず現実に閲覧室は本の海なのだが、そこを主な仕事場にしている俺達が快適かどうかは全くの別問題だった。いい加減くどいいい回しだが、要するに狭い場所に大の男が三人雁首揃えると鬱陶しさは尋常じゃないってこと。
それで、たまに癇癪起こしては誰かを追い出したり追い出されたりしてるんだが、今日追い出されたのは俺だった。ちなみに、一昨日も追い出されてたりする。逃げたんじゃないぞ。追い出されたんだ。
とはいえ。こうして降って湧いた時間だが、大っぴらに遊べるものではない。
俺達の上司は寛大なお方だし、実をいえばそう切羽詰まった仕事はない。あり得ないのだ、セイレーン城に間借りする現在の状況では。だから、多少のサボりが見つかってもそう叱責されることはないのだが。って、サボりじゃなくて休憩な。
けど、それでもなお「仕事」を手放そうとしないってのは。まあ、日常を保っていたいのだろうな、俺達は。
そんな暗黙の了解のなか、街方面へ遊びに行くのは御法度であり。
さりとてせっかくの上天気。城内にこそこそ隠れているのも気分じゃない。麗しの公女殿ご同伴なら喜んで隠れるんだがな。
森の木陰なんてひなびた場所で木に凭れ、書庫から持ち出してきた本――シレジアの伝統菓子の本だが、挿し絵を見る限りでは素朴のひとことに尽きる――を弄んでいるのは。
要するに、そんな理由からだった。アレクさんにしちゃあ、堅実な選択だ。
――っくしっ。
大の男のそれにしてはやけに可愛らしいくしゃみで、目が覚めた。
自分のくしゃみで目が覚めるなんて冴えない光景だよな、と自嘲し。薄ら呆けた頭で、瞼を擦る。
不思議なものが、目に入った。
無造作に転がる女の姿態。上半身が、俺が引っ掛けていたはずの上着にくるまっている。
乱雑に広がる金の波は彼女の頭を彩り、そしてその下にあるのは俺の足だ。
瞠目して、空を仰ぐ。瞼越しの日差しは柔らかく、俺は軽くこめかみを揉む。
小考の後、再び目を開く。
しどけなく、なんて色っぽい形容が全く当てはまらない様子で、そこにはブリギッドが眠っていた。
改めて認識すると、まあのどかといえなくもない光景なんだが。まったく、いったいなにがどうなって、俺は彼女をひざまくらしているんだ。
思わず溜め息ひとつ。
仰向けながら人の上着をしっかと握っているのは、肌寒かったのだろう。というか、俺が間抜けにくしゃみをする羽目に陥ったのは、この女に上着を奪われたからなんだな。うむ、謎は解けた。
ついでにこの状況は、まあおおかた、こうだろう。エーディン公女の作法教室から逃亡して、散歩途中に俺を見つけ。一緒に昼寝と洒落込んだ、と。
「たく、なんて女だか」
つくづく彼女を眺める。
美女の寝姿もこう無防備だと色気がないよな、とひとりごちた。
白い肌に、古いものや新しいもの、数々の傷が浮いている。女のくせに、顔にさえ傷がつくのを厭わないのだ、このお姫さまは。せっかく美人なのに、勿体ない。まあ、そういうところが、面白いんだが。そして、それをして可愛らしいという感想を持ってしまうのだから、俺は相当重傷だ。
うー、などと唸って、ブリギッドは眉頭を寄せる。目が覚めたかと思いきや、すこし身じろぎし上着を更に巻き込み、けど依然瞼は閉じられたまま。人の上着とっといてなお寒いかこいつ。けれど、残念ながらこれ以上掛けてやれるものはない。
風邪をひく前に、起こすべきかと少し考える。けれど、これをもう少し眺めていたいという欲求の方が勝った。
やがて。くしゅん、とブリギッドがくしゃみをした。
潮時だな。
苦笑して、俺は彼女を起こすことにした。
「あー、気持ちよかった」
起きて第一声。ブリギッドは座ったまま大きく上体を逸らし、身体を伸ばす。
それから俺に向き直り、上着ありがと、と放ってよこした。
彼女の体温が移ったそれは相当暖まっていたが、それを手放した彼女の方は、ちょっと寒いな、などと呟いて両手を肩に回している。
いいから羽織ってろ、と。未だ両足延ばして座ったままの俺は、受け取ったばかりの上着を彼女に投げ返した。
えー、それじゃアレクが寒いだろ。なにを今更な気遣いを見せた彼女は、それじゃ早く城に帰ってお茶しよう、と俺の上着に袖を通し立ち上がる。
しかし、それは聞けない提案だった。
さっき上着を投げる動作をしたときに気づいたのだが、というかそれまで感覚すら無くなっていたため気づくのが遅れたのだが、俺の足は結構痺れていた。人の頭を乗っけて長時間いたのだから無理もない話ではあるんだが、じわじわとしたものが、びりびりに移行するのは時間の問題だろう。この状態で立って歩くなんてもってのほかだ。
なんというか、非常に情けない。さてどうしたものかと彼女を見上げると、彼女はきょとんと俺を見つめ返した。
まあ、今更取り繕うものもないか。格好悪いとこなんか、たくさん見せちまってるしな。
軽く肩を竦め、苦笑い。
「悪い、足が痺れて今ちょっと立てないんだ」
もう少ししたら戻るから先に、
そこまでいいかけ、口を噤む。
現状の責任の一端、いや、寧ろ全部は彼女にある。防寒もばっちりなのだし、先に帰すなんて気遣いはいらないよな。
考え直して、にやりと笑う。
「なあブリギッド、物は相談なんだけど」
足の痺れが治るまで、ひざまくらしてくれないか?
そんな俺の提案に。
任せろ、と、彼女は胸を叩いた。
(20031226)
「そのさん」 /【へ】「変だよ、絶対変だ」
ね、乙女のロマンでしょ。
そういって、妙に自慢げに薄い胸を張ったのは、僕の幼なじみのティルテュだった。
なにかといえば、要するに惚気だ。キーワードはひざまくら、そしてお姫さま抱っこ。
相方である堅物の騎士からは想像し難い絵面だが、ティルテュの我が儘が炸裂したと考えれば嫌というほど納得できる。彼女の我が儘に最も弱いのが――いや、弱い、というのは語弊があるな。譲歩する境界線が常人と異なる、とでもいおうか――彼なのだ。
それはともかく、惚気というのは語り手が誰であれ、結構うんざりするものだ。ティルテュのそれも例外ではなく、僕は辟易として彼女の話を聞いていた。のだが。
羨ましい。
なんて、思ってしまったのも、まあ紛れもない、事実。
――それが、頭に残っていたからだろう。
もう安定期に入ったのだから少しは訓練してもいいんだそうだ。身重の身でそんな恐ろしいことを述べた奥さんを説得して、庭園の散策に予定を変更してもらったのがつい先程のことなのだけど(ちなみに「訓練」は「運動」の聞き間違いだと後から発覚した。助産婦さんの青ざめた顔が印象深い)。
いい天気だねえ、なんて他愛のない話をしながら、綺麗に手入れされた庭木を臨むように設置されたベンチで小休止を取っていたときに。
ふっと、口をついて出たのだ。
ねえアイラ、ひざまくらって、知ってる?
口にした瞬間、あ、馬鹿なことをいってしまった、と思った。心中、頭を抱えた。
アイラはきょとんとして僕を見ている。
「ひざまくら?」
「うん、ひざまくら」
けど、後悔は一瞬。開き直った僕は、鸚鵡返しされる単語をヤケクソのように肯定した。
アイラは、うん、知ってるぞ、と頷く。ちょっと意外だ。
で、それがどうしたんだ?
続けて尋ねてくる。
僕は返答に困った。本当に、ふっと思い出しただけなので、それでどうこういうのは――いや、どうこういうのも確かにあるんだけど、けど。
えーと、その、ね。誤魔化すように、意味のない音を羅列する。
と。
「ところで疑問なのだが」
アイラがいきなり、真剣な顔でいった。
「なんで、ひざまくらなんだ? 枕になるのは太股だろう? ふとももまくらじゃないのか?」
……はい?
僕はますます、返答に窮した。
端から見ると非常に馬鹿馬鹿しい問答だったのだと思う。
改めて考えてみるとひざまくらという名称は痛そうだとか、ふとももまくらはいい辛いからももまくらでいいかなとか、ももまくらはちょっと可愛いなだとか。
喧々諤々。いつか、立ち上がったりなんかして。僕たちの討論は結構長く続いた。そして、当然結論は出ない。
うむ、奥が深いな。アイラは感慨深げに頷く。
そうだね。僕もちょっと投げ遣りに相槌をうつ。
「それで」
いきなり、話が戻った。
「ひざまくらが、どうしたんだ?」
戻ったといって、喜べることでもないのだけど。
取り繕う気力は、僕にはもうなかった。
赤裸々にかつ簡潔に。
つまり、ひざまくらって、一度してみたいなと思って。
そう、僕がいうと。
「成る程」
アイラはぽんと手を打った。
僕の前に移動して、じっと僕をみつめる。ふむ、と頷いて、いきなり両肩に手をかけた。そのままぐっと、力が下方へ。
え、なに? 突然のことに耐えきれず、僕は膝を折った。そのまますとんと、再びベンチに腰を落とす。
アイラは隣りに座って、僕の足をぽんぽんと叩いた。
あ、少し嫌な予感。
ちょっとだけ首を傾げた彼女は。やおら、よし、と満足そうに頷くや。ころんと寝っ転がって、僕の足に頭を乗せたのだ。
はい、ひざまくら、一丁上がり。
――って、ちょっと待ってよ。
僕は慌ててつっこむ。
けど、アイラは。
うん? なんだ?
そういって、日差しに眩しそうに目を眇め、僕を見上げるだけだ。
「っていうか、意図してたのは逆なんだけど。普通、奥さんがしてくれる方じゃないの、ひざまくらって」
口調が拗ねたようになっているのは自覚しているんだけど、いわずにはいられない。
「そうか?」
「そうだよ。変だ、絶対変だ」
うーむ、変か。そういいながら、瞠目して考え込むアイラ。
僕は、ふう、と溜め息を吐く。
しばらくして、再び目を開けた彼女は。僕の頬に手を伸ばし、ふにゃっと、笑った。
「――でも、気持ちいいぞ?」
それでもうなにもかもどうでもよくなって。
僕はただ、彼女の髪を、撫でるだけだった。
おわり。
20031217-20040117
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