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「シャナンはお兄ちゃんなんだから」
グラン歴七六四年、隠れ里ティルナノグ。
その、小さい噴水を囲んだ石畳の広場で、五、六歳と見受けられる子供達がなにやら揉めていた。
「いや、らなもいくの」
半ば涙目でそう訴えるのは、ふんわりした赤がね色の髪を二つに結わえた少女・ラナ。
「だめよ。ラナにはあぶないもの」
両手を腰に当ていい聞かせるようにいうのは、黒髪を肩で切りそろえた少女・ラクチェ。
「いや。らなもいく。らなもらくちぇたちとあそぶの」
嫌々をするようにラナは首を振り、ラクチェは隣に立つ双子の兄スカサハと困ったように顔を見合わせる。
そこへ、長い黒髪を無造作に一つに結わえた、少年と青年の境界に立つ年の頃の剣士が通りかかり、足を止めた。
「なにを揉めているんだ、お前達」
「あ、シャナンにいさん」
ラクチェが嬉しそうに、剣士――シャナンに駆け寄る。
「ディムナがもりのヒミツのばしょにつれていってくれるの」
「ディムナ?」
おずおずと、黒髪の少年が手を挙げる。
確か、村長の家の子供だったかな? シャナンは記憶を辿り。
「友達になったのか?」
「そうだよ、シャナン」
にこにこと肯定するのは、肩まで伸びた青髪を一つに結わえた少年・セリス。
隣に立つ金髪の少年・デルムッドが同意するように頷く。
「森か。危険はないのか?」
「だいじょうぶです、シャナンさま」
答えたのは、青髪を短く刈った少年・レスター。
「おれたちはだいじょうぶだよな」
「ディムナがしょちゅうあそびにいけるんだもん」
「でも」
と、ディムナ。
「ラナみたいなおとなしい女の子は、ちょっとあぶないかも」
「あぶなくないもん。らなへいきだもん。らないっしょにいくんだもん」
話は振り出しに戻った。
そこへ。
「どんな風に危ないの?」
いつの間に現れたのか、波打つ豊かな金髪の高司祭・エーディンが彼らを覗き込んでいた。
「おかあさま」
ラナがエーディンにしがみつく。
「えと、コケのはえたまるたの橋をわたったり」
「きのつるにつかまっておがわをとびこすんだって」
「きのねっこにあしかけてがけのぼるんだよな」
口々に挙げられる「危険」。丸太橋、木の蔓、木の根……お転婆なラクチェならいざ知らず、日頃の追いかけっこですらおミソになっているラナでは、かなりの大冒険になるだろう。
「そうね。ラナには危険だわ」
優しい母は、そう判断を下した。
「いやいやいや。らなひとりぼっちであそぶのいや」
「ほらほら、泣かないの」
エーディンはラナの頭を優しく撫でる。そして、シャナンを呼んだ。
「なんですか、エーディン殿」
エーディンはシャナンの手を取り、ラナの小さい手をそれに預けた。
「エーディン殿?」
身長差からやや身を屈めたシャナンが、エーディンに疑問の声を発する。
エーディンはそんなシャナンを無視し、不安そうな面もちの娘の顔を覗き込んで、いった。
「ラナはひとりぼっちじゃないわよ。シャナンが遊んでくれるって」
「な!?」
「ほんとうですか、しゃなんさま」
ぱあ、とラナの表情が明るくなる。
「えー。いーなーラナ。ラクチェもシャナンにいさんとあそびたい」
「ラクチェはしょっちゅうシャナンさまにあそんでもらってるからいいだろ」
「そうだよ。きょうはもりへいこうよ」
子供達が口々にいう中。我に返ったシャナンは子供達を掻き分け、立ち去りつつあるエーディンを慌てて追いかけた。
「ま、待てエーディン殿。なら、貴女がラナと遊んでやればいいだろう」
「ごめんなさいね、シャナン。わたしはどうしても外せない用事があって、外出しなくてはいけないのよ」
「し、しかし」
なおも追いすがろうとしたシャナンに、エーディンは足を止めた。ふう、と溜め息を付き、そして。
「シャナン。シャナンはお兄ちゃんでしょ? 我が儘いわないで、小さい子の面倒を見てあげて頂戴」
これをいわれてしまっては、もうシャナンに反論の余地はなかった。
いってきまーす、そういって元気に出かけていった子供達を見送った後。
シャナンは割と、途方に暮れていた。
少女の期待するような視線がそこはかとなく痛い。
一七歳の自分が、四歳のラナとなにをして遊べというのか。同じ女の子でもラクチェやラドネイだったら、剣を教えるなどすればいい。剣の指導を遊んでやったというには語弊があるが、しかし、間は持つ。
だが。
おっとりとした綿菓子のような幼女に対して、どう接すればよいのか。ラクチェ達と同じでいいのか。シャナンは葛藤する。
「しゃなんさま?」
見上げるはしばみ色の瞳。
「……そうだ、ラナ。流星剣を教えてやろう」
とたん。後頭部に、ごん、という衝撃があった。
「なーにをやってるんですか、あんたは」
二十歳そこそこの若き騎士・オイフェの拳だった。
「オ、オイフェ、いいところに来てくれた」
かくかくしかじか。シャナンは現在自分がおかれた状況をざっと説明する。
しかしオイフェの返答は、
「大変でしょうが、今日一日だけのことですし。まあ頑張って下さい」
であった。
「おいふぇさまはおいそがしいのですか?」
「ああ、すまないね、ラナ」
オイフェはラナの目線に合わせてしゃがみ込む。
「わたしも暇があればラナと遊んであげたいのだが、今から村長の家へ出向かなければならないんだよ」
「でぃむなのおじいさま?」
「おや、よく知っているね。ラナは賢いな」
「えへへー」
オイフェに頭を撫でられ、小さい手を広げ口元を覆ってラナははにかむ。
「そんな訳でわたしはもう行かなくては。ああそうだ」
「なんだ」
「村の南の野原にでも出かけてきたらどうです。白つめ草が満開だそうですよ」
「なんでそんなこと知ってるんだ」
立ち上がったオイフェに、シャナンは怪訝な目を向ける。
「まあそこはそれ」
「……仕方ないな。ラナ、花畑に行ってみたいか?」
「らなはおはなのかんむりをつくりたいです」
「決まりだな」
ラナの手を引いて歩き出すシャナン。
その後ろから。
「ラナに流星剣なんか仕込んだらエーディン様に殺されますからねー」
オイフェの忠告にシャナンは転けそうになった。
村南の野原は、オイフェのいっていた通り一面が白つめ草に覆われていた。
「わあい」
シャナンの手を離したラナが、駆け出す。
「おい、あんまり遠くに行くんじゃないぞ」
はーい、と返事が返ってくる。
ラナの姿は春の草花に埋もれちらちらと見え隠れした。
しかし、見晴らしのいい野原だ。ふわふわ揺れる赤がね色を見失うことは困難だろうとシャナンは踏む。
ほど近い丘には気持ちのいい木陰を作る大木が一本立っている。
シャナンはそこまで移動すると、木にもたれ座った。
花摘みでもしているのか、ラナがしゃがみ込んでいるのが見える。
春の柔らかな光、一面の白の花、それを摘む幼女の白い小さな手。
木漏れ日に目を眇め、ああ平和だな、とシャナンは思う。
シャナンは神剣バルムンク探索の為、イザーク中はもとよりグランベルとの国境付近へもよく出向き、そのたび帝国に不満と不安を洩らす民の声を聞いた。
「バーハラの悲劇」を引き起こしたアルヴィス皇帝は、今のところ公平明大な善き施政者に見える。
しかし、ここイザークを支配するドズル公家は(王家などと呼べるものか)、イザークの民を奴隷扱いし、悪政圧政をしいている。
皇帝の意には反したことだとは聞いたが、しかしそれを野放しでは皇帝の意志によるものと同じだ。
――そしてなにより、叔母のアイラや優しかったあの人たちを騙し討ちのように炎の海に沈めたアルヴィス皇帝を、許すことは出来ない。
と。
「しゃなんさまー」
ラナが手に持ったなにかを嬉しそうに振り回し、駆け寄ってきた。
身をくねらしラナの腕に巻きつく紐状の、艶やかな黒と濃い灰色の縞模様。
「ラ、ラナ!?」
シャナンは慌てて立ち上がる。
ラナのか細い腕にあるそれは。冬眠から覚めたばかりのはずの、親指ほどの太さのイザークシマヘビだった。
ずざざざざっ。
思わずシャナンは後ずさる。しかし、後ろには大木。退路は断たれる。
「どうしたんですか、しゃなんさま?」
不思議そうに、見上げるラナ。
「ど、どうしたって、それは」
「むこうでみつけました」
「あ、危ないだろう。放しなさい」
「? どくはないからだいじょうぶよ、って、おかあさまが」
「しかし噛みつかれたら」
「あたまをつかんでればかみつかれないっておかあさまがおしえてくださいました」
ふと、シャナンは気付く。「おかあさまが」?
「ちょっと待て、ラナ。エーディン殿が一体どういう状況でお前にヘビの話なんかしたんだ」
たじろいでいるシャナンだが、別にヘビが怖いわけではない。噛まれるのは遠慮したいが、騒いで逃げ出す臆病者ではない。
だが。
ふつう、女子供というものはヘビを嫌うものではないのか。男勝りのアイラ叔母上とて、ヴェルダンの密林で木の蔦をヘビが下がっているものと見間違え、大騒ぎして逃げたというのに。
ところが。
「おかあさまとやくそうをつみにいったとき、おかあさまがへびをつかまえたんです」
「はあ?」
「このへびはどくがないからあんぜんなのよ、って。それで、なつかしいわね、って」
「懐かしい?」
たどたどしいラナの説明を総合すると、こうだ。
エーディンは昔、夫にヴェルダンの郷土料理を教わった。それはヴェルダンマダラヘビの肉のスープで、前もって焦げ目を付けた肉の香ばしさに、ヘビの肉であるという事はうっちゃり美味しく食したのだという。また、ヘビの肉は精が付くときき、それは軍隊の料理にはうってつけだとも思ったと。
シャナンは、アグストリア駐留時代に食べた、得体の知れない肉の入ったエーディン手ずからのスープを思い出した。確か、前もって炙った肉を煮込んだスープに落とすため、その香りが食欲をそそり、何度もお変わりを…………
よろり。
木の幹に後ろ手を付き身体を支える。
「いざーくしまへびはう゛ぇるだんまだらへびとよくにてるっておかあさまが……しゃなんさま?」
「い、いや、なんでもない」
「おかおのいろがわるいですよ」
「大丈夫だ」
「しゃなんさま」
「なんだ」
「せいがつくってなんですか?」
「……ああ、それは」
疲れがとれるとか元気が出るとか、そういうことだ。
シャナンの説明にラナはこくこくと頷く。
その間もラナの手のヘビは、うねうねじたばたと身をくねらせていた。
「その、だな、ラナよ」
はい、とラナは首を傾げる。
「そのヘビは冬眠から覚めたばかりだろう。もう放してあげなさい」
掴まえたヘビを見せたいだけだったラナは、シャナンの言葉に素直にヘビを放した。ヘビは草むらの中にするすると姿を消す。
ふう、と息を吐き、シャナンはへたり込んだ。
ラナはというとヘビにはもう興味を失ったらしく、再びしゃがみ込み白つめ草に埋もれていた。
肌寒い空気に目が覚めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
ふと見ればラナも、自分に凭れるように眠っている。小さな手に、編み上げた花冠を握りしめ。
日が随分低い位置に来ている。
そろそろ帰った方がいいか、とまだ寝ぼけた頭で考え、ラナを起こさないようにそっと立ち上がった。
「……疲れる一日だったな」
ぼそり、と漏らした声に。
「しゃなんさまはおつかれなのですか?」
花輪を持っていない方の手で目をごしごしこすり、ラナが問う。
「らながおかあさまにたのんでを『う゛ぇるだんまだらへびのすーぷ』つくってもらったら、つかれがとれますか?」
いやそれだけは止めて、とシャナンは崩れ落ち、ラナはそんなシャナンの頭をよしよしするように撫でる。
やがてシャナンは立ち直り。
「じゃあ、帰るか」
と、ラナに手を差し出した。すると。
「あの、しゃなんさま」
「なんだ?」
おずおずと、ラナは花冠をシャナンに差し出す。
「きょうはあそんでくれてありがとうございました」
「わたしにか?」
ただここに連れて来ただけで、相手など全くといっていい程していないというのに。
「はい」
「……ありがとう」
シャナンは受け取った花冠をかぶって見せる。ラナは嬉しそうに微笑み。
「ふわあ」
あくびを一つ。
「眠いのか?」
「いいえ」
そういいながら、目をこする。
「いい。おぶってやるから、寝ていろ」
「でも」
「わたしはお兄ちゃんなんだから、甘えなさい」
「はーい」
ぽふ、と嬉しそうにシャナンにしがみつき。そこが限界だったらしい。再びラナは、くーくーと寝息をたてた。
シャナンは、ふ、と笑みを洩らし、ラナを背負って花畑を後にした。
そして夕刻。
――目覚めたときにかぶっていなかったら、ラナが悲しむかも知れないだろう。
そういって、膝の上に眠る少女を乗せ、白つめ草の花冠を外そうとしない律儀な若き剣士は。
「けど、似合わな過ぎ」
と騎士に指さして爆笑され、
「いーなー。あしたわたしもラナにつくってもらうー」
と羨ましがる少女や少年たちににぎやかに囲まれたのだった。
えんど。
20000928
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