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「まもってあげたい」 (後)


 ダーナを落しアレスの既知であるという踊り子達を救出した彼らは、メルゲン城でアルスター陥落の知らせを受け、アルスターへ向かった。
 戦闘の跡も生々しい荒野を抜け、オイフェ達はアルスター城に入城する。
 そんな彼らを待っていたのは、華やいだた空気だった。

 幸いにも大きな犠牲はなく。
 レンスター城こそフリージの手に落ちたものの、リーフ王子一行は無事落ち延び、解放軍と合流を果たし。
 更に、魔道士アーサーの血族であるという少女達が、アーサーの説得で解放軍に加わった。
 そして、ダーナ攻略部隊の勝利の報と、アレス王子達の存在。

 兵士達を労い、新たな仲間達を歓迎するために宴を開こうと、セリスが提案したのだという。たまにはそんな時間も必要だ、戦闘に続く戦闘で気持ちが荒み士気が落ちないように。



 ラドネイは、ラクチェと一緒にアルスター城を散策していた。
 宴の準備をさぼっているわけではない。

――例えば、大きな催し物などの時のために、客用の食器等があるはずなのよ。

 料理の下ごしらえを仕切るマナが、厨房の食器棚を見分した後そういった。それで、探しがてらこうして歩き回っているのだ。
 食卓のクラッシャーと異名をとる、剣以外には絶望的に不器用なラクチェを、お目付役と共に追い出すための口実、だったのかも知れないが。
 苦手な料理を手伝うより城内を歩き回る方が、とラクチェは楽しそうだ。
 本来仕えるべき敬愛なるラクチェ王女は(ヴェルトマー公女、とはラドネイは呼びたくなかった)、やはりやんちゃな妹に思えて愛おしい。
 ふと、思いを巡らす。
 あれきり、姿は見かけるものの話す機会のないデルムッド。
 あんな硬い表情を、させてしまった。

――あんたは、ここで死んでいい人間じゃないでしょう。

 とっさに出た、本音。
 一国を担うものと、一国に仕えるもの。背負うものが違えば、命の重さも違う。それは紛れもない真実だ。
 しかし、デルムッドも、そして今隣で笑っているラクチェも、そういう考え方を嫌った。
 だから、せめて、自分だけは。そう思っていたのに。

「あ、デルムッドだ」
 突然、ラクチェが声を上げた。
「ほらほら。すっごい綺麗な娘と一緒。やるなあ。ひゅーひゅー」
「ラクチェ……」
 頭を抱えたくなる程の呑気さは、いっそ清々しいのだが。
 ラクチェの指すほうを見ると、確かにデルムッドが、金髪の少女と何やら話しこんでいる様子だった。
 しかし。遠目にも、和やかな雰囲気には見えない。
 それに、あの少女は、どことなく見覚えが……あ。
「ラクチェ、あの娘は確か、リーフ王子と一緒にいた方じゃないかしら」
「リーフ王子と? うーん、わたしそのときよそ見してたかもしれない」
 あのねえ、というお小言を飲み込む。この緊張感のなさは、ある点ラクチェの長所ではある。
「でも、その娘がどうしてデルと一緒にいるの?」

 ――母と妹がレンスターに居て、もうすぐ会えるんだ。

 デルムッドがそういっていたのを思い出す。説明すると、ラクチェはぽんと手を打ち一人納得した。
「そうかも。同じ金髪だし。ちょっと挨拶してこようか」
 デルムッド達の方へ方向転換しようとするラクチェ。それを、ラドネイは止めた。
「どうしたの?」
「うん……ほら、兄妹の再会なら邪魔しちゃ悪いでしょ」

 本当は、気安く乱入できない、深刻な空気に見えるから。

「それよりほら、早くお皿探して持っていかないと。マナは怒ると結構恐いのよ」
「ああっと、そうだそうだ。ねえ、地下倉庫とかあるんじゃないかなあ」
 早足で先行するラクチェを追いながら、ラドネイは一瞬、デルムッドへ視線を向ける。
 なぜだか、気になって仕方がない。どうかしてるな、と、ラドネイは思った。



 思ったより豪勢に、宴は始まった。
 アルスターの前王が人望ある人物だったのか、それともフリージの治世がひどいものであったのか。
 ラドネイ達が席を外している間に、謝意を表したアルスターの人々が、食材や資材を持参したのだという。
 保存食に加工するある程度を除き、セリスはそれらを景気よく振る舞うことにした。
 無理に荷物にして腐らせ破棄する羽目になるよりは。そういう判断もあるが、謝意を素直に受け止め皆に還元しよう、という気持ちのほうが大きい。いつもいつも戦略や合理性を追求していては頭が煮詰まってしまうだろう。

 なんとなく気が晴れないで壁の花になっていたラドネイは、場内をついと眺めた。
 トリスタンが、アレス王子となにか話している。トリスタンの亡き父親はクロスナイツだ。だからいずれはアグストリアへ行き、父と同じように彼の国の為に働くのだと、口癖のようにいっていた。アレス王子と共にあれば、それはおのずと叶うんだろう。

 じゃあ、デルムッドは?

 どうしても、思考がそこへ戻る。傷つけてしまった罪悪感なのか、それとも。

 デルムッドの姿は見あたらなかった。
 どこにいったんだろう。レスター達と一緒に居る様子はない。従兄のドズル兄弟とも一緒には居ない。先ほどの少女――デルムッドの妹・ナンナは、レンスターの者達とある。

「夜風にあたってくる、とかいってたから、中庭にでもいるんじゃないかな」
 レスターは、そう答え、
「どうしたの、なんか用事?」
 ラクチェがご馳走を頬張りながら振り返った。
「ううん。そういうわけじゃないんだけど」
「あいつ一遍にいろいろあったからさ、考えたいんだろ、少し」
「従兄とか妹とかわらわら出てきたしね」
「わらわらって」
「でも兄さま、デルムッドは一人で考え込むと暗くなるから、そろそろ迎えに行った方がいいんじゃないかしら」
 ラナが口を挟んだ。
 そうだな、と頷くレスターに、ラドネイはいった。
「なら、わたしが探してくるわ。少し、話したいこともあるし」
 同じダーナ部隊に居てよそよそしい雰囲気を感じていたのだろう。レスターは詮索することなく。ただ一言、頼むよ、とだけ、いった。



 中庭に出たラドネイは、果たして回廊から中庭へ下りる石段に、目当ての人物が座っているのを見つけた。
 ぼんやりと地面を眺めている。
 暗さと俯いた角度からその感情は読み取れない。けど。

「デルムッド」

 逡巡の後、ラドネイは声をかけた。
 デルムッドは顔を上げる。少し、困ったような表情。
 この目なんだ、とラドネイは思う。
 たまに、置き去りにされた子供のような、こんな目をした。寂しいような、辛いような。そんなふうに、見えることがあった。
 だから。放っておけないんだわ。
 ラドネイは口の中で小さくつぶやく。守ってあげなくちゃ。そんな気持ちになるのだと、思う。実際は、わたしなんかが護らなくても充分に強いのだけど。けど。

「なに?」

 デルムッドが口を開く。
「あのね」
 とにかくあの時の失言だけは、謝らなくちゃ。ゆっくりと言葉を選びながら、ラドネイはいった。
「あの時、わたしはデルムッドに、あんたはここで死んでいい人間じゃない、っていったでしょう」
「……」
「あれはね。デルムッドはもうすぐ肉親に会えるっていってたじゃない。だから、それを果たせずに死ぬわけにはいかないでしょう、っていう意味でいったの」
「……」
「……って、いい訳しようと思ったけどやっぱり駄目だわ」

 ふう、と大きく息をつき。

「ごめん。わたし、わたし達もあんた達も同じ解放軍の仲間で身分なんか関係ない、っていうのはホントにそう思ってるんだけど、思いたいんだけど、でもホントのホントは違ったみたい」
 デルムッドはただ、ラドネイを見つめている。
「やっぱり、わたしとデルムッドじゃね、命の重さが、っていうと嫌がるだろうけど……そう、期待の重さが、違うの。だから」

「違うんだ」

 突然。デルムッドは口を挟んだ。
「ごめん。あれは多分、八つ当たりなんだ」
「やつ、あたり?」
「うん」
 力なく笑い、そしてラドネイに向かって手を伸ばす。
「なに?」
 訝しがりながら、その手に自分の手を置くと。

 くん、と。引かれた。
 声を立てる間もなく。ぱふ、と。ラドネイはデルムッドの胸に倒れ込んむ形になり。そのまま、抱きしめられる。

 え、え、え?

 パニックになりかけたとき。

「ごめん、ラドネイねーさん。ちょっと、甘えさせて」

 いつになくしおらしい声と、そして。あの時以来呼ばれていなかった「ラドネイねーさん」の言葉に。
 ラドネイは落ち着き、静かに頷いた。
 そしてデルムッドは、
「アレス王子を見たとき、思ったんだ」

 ぽつり、いった。

「アレス王子?」
「この人は、どうしてこんな所に居るんだろう。母上は、アレス王子を探すために、オレをオイフェさん達に預けてレンスターへ行った。なのにどうして、一人でこんな所に居るんだろう。この人さえ居なければ、母上もナンナも、一緒にティルナノグで暮らしていたのかもしれないのに」
「デルムッド?」
「うん。アレス王子が悪いわけじゃない。母上にしてみれば、アレス王子は甥でありノディオン王家の世継で、それを探して保護するのは王家の人間の義務だ。
 ……それが、ごく当たり前の考え方だってのは、オレにだってわかっている。っていうか、それがわかってしまうオレは、期待の重さが違うっていったラドネイねーさんと同じく、なんていったらいいのかな。身分とか嫌いなんだけど、歴然として存在している以上、ああいう局面で出てきてしまうのは当然だってことは理解してるんだ。けどやっぱり、嫌は嫌なんだよなあ。
 で、そんなふうに考えてしまった自己嫌悪と、それからアレス王子に対する、不信、っていうのかな。もう、頭ン中ぐちゃぐちゃになっててさ。――だから、あの時ラドネイねーさんにいった言葉は、完全な八つ当たり。ごめん」
「ううん、いいよ」
「そんで、その後避けてたのは」
 やっぱり、避けられてたのね、とちょっと思う。
「子供じみた自分が情けなくて合わす顔がなかったのと、苛々をラドネイねーさんにぶつけてしまいそうで怖かったんだ」
「けど、妹さんと会えたんだし」
 これからは一緒に居れるんだもの、わだかまりだって帳消しになるでしょ。そう、口にする前に。

「母上は、居なかった」

 淡々と。デルムッドはいった。

「え」
「ナンナが三歳のときに、オレを迎えに行くといったきり」

 一三年前。レンスターからイザークへ、イード砂漠を越えて。

 それじゃ、あの時の、兄妹再会のシーンに似つかわしくない重苦しい空気は。
「イード砂漠は魔の砂漠だ。だから、多分」
 ラドネイの背に回された腕に、力が入る。
「母上はアレス王子を探すといって、オレを置いてレンスターへ行った。そして、オレを迎えに行くといって、ナンナを置いてイザークへ向かった。
 アレス王子が見つかっていたら、母上は今でもレンスターに居たのかもしれない。最初から居ない人だったら、母上はオレとナンナと三人でイザークに居たのかもしれない。――いや、オレが居なかったら、母上はオレを迎えに来るために、一人でイード砂漠を越えるなんて無茶は」

「デルムッド!」

 強い調子で、ラドネイはデルムッドの言葉を遮り。
 デルムッドは言葉を止め、そして深く、息を吐いた。そして。

「――ずっと、そんなことを考えていて、そんな自分が嫌だった。けど、こうして吐き出せて、少しすっきりしたかな。ごめんな、愚痴きかせるみたいなことして」
「ううん」 ラドネイは首を振り、「いいよ」とだけ、いった。



 そうして、しばらく。
 沈黙の中、間近に鼓動だけが聞こえる。そんな、心地よい、けど気まずさも感じ始めた空気の中。
 不意に、

「ラドネイねーさん、ちょっといっていい?」

 デルムッドがいった。
 いつもの、明るい声音。
 その目を覗いていたら、悪戯っぽい光が戻っていることに気付いただろうに。

「なあに?」
 優しく、答えたラドネイに。

「ラドネイねーさんて、結構胸おっきいね」

 どげし。
 ラドネイは、勢いよく離れた。デルムッドは、石段に背を強かに打ち付ける。
「いってー」
 背中をさするデルムッドに向かって。

「こンの……おばかっ!!」

 ラドネイは仁王立ちで、力一杯怒鳴りつける。
 デルムッドは。

「あははははー」

 いつもの様に明るく笑った。
 振り上げた握り拳をわなわな震わせるラドネイだったが、デルムッドのそんな様子に「はあぁ」と溜め息を付き手を下ろす。
 そんな様子を、なぜか嬉しそうに見届けた後、

「さーて、せっかくの宴なんだし」

 デルムッドは立ち上がってうーんと伸びをした。
「楽しまなくちゃ損だよな。そろそろ戻るか、ラドネイねーさん」
 そういって、ラドネイに手を差し出す。

「んもう」

 ラドネイは膨れ面のまま。けど素直に、その手に自分の手を重ねた。

もどる。 えんど。

20001216

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