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「おやすみなさい」 (後)


「熟睡してるねえ」
 しゃがんでセティの頬をむにむに引っ張りながら、フィーは感心したようにいいました。
「っていうか、どうして眠っちゃうの。マンスターの勇者のくせに」
 いいがかりのようなことをいって、わたしもぺちぺち頬を叩いてみます。
 起きる気配は全くありません。
「ってことはあれかぁ。お兄ちゃん、ラナより魔力が低かったんだね」
「そんなことはないはずなんだけど」
 目には見えないものですから、実際のところその具体的な「大きさ」なんてわかるものではありません。けど、同じくライブをかけたとき、わたしよりセティのかけるそれの方が効果が大きかった。だから、セティの方が魔力が高いと、思っていたのだけど。
 ――あ。
「どうしたの?」
「わたしね。そういえば、魔法の指輪をもらったのよ。魔力を増幅させる効果があるっていう。ひょっとしたら、それのせいかも」
「え、指輪? ね、ね、ね、誰に? 誰に?」
「って、フィー、なに誤解してるのよ。それに、そんな場合じゃないでしょ」
 二人して、仰向けに倒れたセティを見下ろします。
 丘の上の吹きさらし。ただでさえ、人を眠らせておくには向かない場所のような気がするのに。まして、うわものの一枚も欲しい季節では。
「あ、そっか。いかなお兄ちゃんといえど、風邪ひいちゃう」
「レストの杖は持ってきていないし。早くセティを、どこか屋内に運ばないと」
 とはいえ、わたしとフィーではセティを運ぶなんてちょっと無理です。
「じゃ、あたし誰か呼んでくる」
「え」
 フィーの言葉に顔を上げると、フィーはもう走り出した後。
 す、素早い。

 仕方ないので。わたしは、セティの風上に座りました。
 倒れたままのちょっと無理な姿勢なので、ストールを畳んでせめて枕を作り、セティの頭の下に差し込みます。
 スリープの効果は、レストをかけるか、最高六ターンを経るか。六ターンて、平時の時間にしてどれくらいなのかしら。というか、ターンって一体。少し首を傾げてみましたが、考えても詮無いので止めました。
 セティは、呑気に寝こけています。
 なんて白い肌。色白なのは、シレジア育ちだからかしら。整った顔立ちは、お父さまとお母さま、両方ともとてもお綺麗な方々だったって聞いたから――どっちに似ても綺麗だなんて、なんだかずるい。緑の髪だし、どちらかといえばお母さま似なのかしら。あ、睫毛も緑なんだ。

 ――そういえば。シレジア人には緑の髪が多い、と聞いたとき。
 ラクチェが、若布をかぶった感じ? といったのを不意に思い出しました。
 ラクチェの言葉に、その場にいたみんなが一斉にレヴィン様を見たので、レヴィン様はちょっと傷ついたみたい。
 海の中の若布は綺麗なのよ、とラクチェは一生懸命弁解してたけど。でもラクチェ、一体どこで「海の中の若布」なんて見たのかしら。



 ところで、フィーはなかなか戻ってきません。
 降ってわいた休み。みんな出かけてしまって、誰も捕まらないのかしら。ああそうか。誰かを連れてくるんじゃなくて、レストの杖を持ってきてもらえばよかったんだわ。
 もう日も陰りかけ。少し、肌寒くなってきました。
 ちょっとまずいわね。こうしているわたし自身も、風邪を引いてしまいそう。
 わたしは立ち上がり、うーん、と伸びをしました。そのまま、ちょっと屈伸運動などしてみます。肩を回して、腕を少し振って。
 さて。
 セティを見下ろして、少考。
 上背はあるけど、あまり筋肉は付いていないようだし。戦士じゃないので鎧などの重量あるものも身につけてはいない。女の細腕でも引きずっていくことは可能な気がします。でも、ずるずる引きずるのはちょっと可哀想かな。ああこれが重騎士だったら、迷わず捨てていくのに。
 ちょっと転がしてみました。起きる気配は全くありません。動かされた振動で目覚めないかと期待したのですが、スリープは斯様に強力なようです。
 はあ。しょうがない。
 俯せになったセティの上体をちょっと持ち上げ、しゃがんで身をくぐらせ。両手を前に回し、背に上手くのる形になんとか持っていきました。

 よーい、しょっ、と。

 あら。
 立ててしまいました。結構簡単に。
 足先は引きずる形になりますが、なんとかイケそうです。

 ジャムカ父さまありがとう、わたしに僧侶にあるまじき腕力をくれて。

 空を見上げると、父さまがにっこり笑っているような気がしました。どんなお顔だか全くわからないのがほんとうに残念です。
 ストールと杖を拾い上げる余裕は、流石にありませんでした。後で取りに来ましょう。



 のしのしのし。ずるずるずる。
 今のわたしの姿は、そんな擬音が聞こえそうでちょっと恥ずかしいかもしれません。もし誰かに見られたら、わたしもセティも相当に情けないわね。
 やがて。丘を降りきったたところで。ひょこひょこ弾む緑の頭と、その後ろから青髪の長身が見えました。
 フィーと、兄さま。
 二人はわたしを見付け、ぎょっとした表情で立ち止まります。でもわたしもぎょっとしたのよ。考えてた矢先に、「誰か」が登場なんて。
 フィーはわたしを指さして、驚愕したように口をぱくぱくさせています。
 けど、兄さまはさすがに兄さまでした。ぎょっとしたのは一瞬で、やがて呆れたように笑い出しました。しょうがないな、といって肩を竦め、まだ固まっているフィーの肩をぽんと叩きます。
 我に返ったフィーは、慌てたように駆け寄ってきました。
「ら、ら、ら、らららら、ラナっ。こ、こ、こここここまで、お兄ちゃん、背負ってきたの?」
 そんなに驚かなくても。
「力、落ちてないんだな」
 苦笑混じりの兄さまの言葉に、わたしは肯きました。
「生まれついてのものって、そう簡単には落ちないみたいよ」
 まして、親譲りなら。
「ラナは小さい頃から馬鹿力だったからな」
「わたし以上に馬鹿力の兄さまにいわれたくないわ」
 いいながら、セティを兄さまに渡します。
 兄さまは、いとも軽々と背負い直しました。ホントに、さすがです。
「フィー」
「はっ、はいっ」
「……怖がってる?」
「そそそそそんなこと、ないよ、うん」
 そんなに怖いかしら。
「あのね、杖とか、丘の上に置いて来ちゃったのよ。一緒に取りに行ってくれないかしら」
「もももももちろんオッケーよ」
 いうやいなや、フィーは丘の上に駆けだしています。一緒にっていってるのに。ホントに、そんなに怖かったかな。
 兄さまに、ちょっと待っててね、といいおいて。わたしも、フィーの後を追いかけました。



 まばらな木々の中を、わたしたちは歩いています。
 せっかくの空き時間だというのに。肉体労働をしてしまって、なんだかとても疲れました。今日は早めに眠りましょう。
 そんなことを考えていたら、兄さまが、もう落ち着いたフィーに向かっていいました。
「フィー、頼みがあるんだけど、いいかな」
「なーに、レスター」
「その、な。今日のことは、みんなには内緒にしてくれないだろうか。ラナの名誉のためにも」
「……頼まれなくても、誰にもいえないわよ。お兄ちゃんの名誉のためにも」
 げんなりしたような、フィー。
 兄さまと顔を見合わせ、はふ、とため息。けどそれは、やがて笑い声に変わりました。
「で、でも。おかしかったー。ラナったら、ラナったら、あーんな人だったなんて」
「俺もまさか、待ちきれなくて自分で担いでくるとは思わなかったよ」
「担いだんじゃないわよ。背負ったの」
「似たような物じゃないの?」
「似てない」 
 その間には、深くて広い河があるのよ。
 そっかなー、といって、フィーはくすくす笑っています。
 ――そうね、今日は疲れたけど、
「面白かったわね」
 思わず声に出た言葉に。二人は振り返り、大きく肯き。そんなふうにしてわたしたちは、ミーズへの帰路についたのでした。



 ちなみにセティは、深夜まで眠っていました。
 スリープだけじゃなくて、今まで溜まった疲れが噴出して本気で眠ってしまったようだな、とは、恐縮したような本人の言葉です。

 

もどる。 えんど。

20011115

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