「BANDITS#1 仙人掌の花」  ”バンディッツ”よ  ”悪党”って意味 「バンディッツ」(1997/ドイツ)     −1−    雑然とした喧噪で起こされた。  気分は最悪。昨夜の酒がまだ少し残った頭で考える。朝っぱらから何の騒ぎだ、と。  下品で耳障りな笑い声はドナールだ。そして、それを叱責する調子の低い声は。珍しいな。親父が怒ってやがる。  のろのろと頭を起こすと、木製の天板と、転がるグラスが目に入った。グラスの中身が天板に染みて、不格好な模様を描いている。ずきずき痛むこめかみを揉みながら顔を上げると、次に飛び込んでくるのは見覚えある漆喰の壁。  ――つまり、どうやらここは食堂で、俺はテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。愉快な姿勢のおかげでへんに強ばった身体が痛む。  立ち上がって、大きく身体を伸ばしてみた。ぎしぎしと嫌な音がするのは、恐らく気のせい。  しかし、窓から見える太陽がやけに低く赤いのはどうやら現実のようだった。あれはどう見ても朝日じゃない。第一方角が逆。薄くたなびく雲が日に染まる。いい夕焼けだ。    ……あー、つまり、なんだ。昨夜の酒宴がいつ終わっていつ寝たのかは知らないが、それからこっち夕方まで誰にも起こされることなく俺達は食堂で寝倒していたってわけだな。    足下を見下ろすと、手入れが大変とかほざいていた長い黒髪を石造りの床に広げ酒瓶を抱きしめたアアイが寝ていた。軽く蹴飛ばしてみるも、唸り声をあげるだけで起きる気配はない。口の端から垂れた涎で、美人も台無し。  壁際には座り込んだクリューゲがいた。こっちは流石に起きているようだが、まだ酔いが醒めないのか覚醒しきっていないのか、目の焦点が合っていない。半端に伸びた赤毛をしきりに掻き上げている。  後もう一人いたはずだが。勘定が合わず辺りを見回すと、戸口からこっちをおっとり覗き込んでいる不審人物と目が合った。  にんまり。  俺は多分、そんな形容の笑みを浮かべたのだと思う。  弾かれたようにびくつき、そうして恐る恐る。そんな風情で、そいつは中に入ってきた。目眩がするほど周囲から浮いた神職の装束。白い僧衣に身を包んだ優男。  おどおどと、こちらの機嫌を窺っているのがありありわかる態度で、そいつは口を開いた。 「お、おはようございます、リーフさん」 「もう夜だろ」 「で、ですが、起きたときはやはりおはようかと」 「いいや、挨拶というものは状況よりも時候や時間を重んじるべきだと俺は思うな」 「けど、夜の仕事をされる方々は、慣例的におはようと挨拶をなされますよ」 「夜の仕事ね。流石詳しいな、セマ」 「はあ、それ程でも……え? い、いやっ、別に詳しいわけではっ」  僧侶のセマは、面白いように狼狽えた。なにを勝手に誤解してるんだか。 「ところでお前、いつの間に逃げたんだ?」  適当なところで、そういった。  ぎくり。そんな音が聞こえそうなほどにセマは強ばる。  昨夜――もう丸一日前になってしまうんだが、酒盛りが始まったとき、確かにこいつもいた。ランドックとアアイに挟まれて、一杯飲まされた後ぶっ倒れていたのは記憶に新しい。程々にしておけよ、そんな忠告を残してランドックが退出したのまでは覚えているんだが。一体こいつは、いつの間に消えたのか。 「いや、逃げ出したわけでは、その」  おろおろと、セマはいいわけを探している。 「まったく、冷たいヤツだよな。せっかく親睦を深めようって秘蔵の酒を出したってのに」  追い打ちをかけてみた。 「早々に退席しちまうし」 「そ、そ、それは」 「あげく俺達は今の今まで放りっぱなしか。友達がいのないやつだねー」 「あ、あうう」 「そのくらいにしておけ、リーフ」  いつの間に現れたのか、ランドックが呆れたように、こっちをやんわり睨んでいた。 「ら、ランドックさん」  セマが心底ほっとしたように息を付く。  俺は肩を竦め、了解、の意を込めて両手を挙げた。    なんのことはない。  退出した後様子を見に来て、潰れっぱなしだったセマを酒宴の席から退出させてやったのも、そうして俺達を放っておけと指示したのも、恐らくこの初老の男だろう。ランドックは愛想はないが、面倒見は結構よく。そして、厳しい。  つまりセマは俺に責められるいわれはないのだ。  それでもついからかってしまうのは、反応が面白いからだ。  善良で誠実おまけに気弱ってのは、ここにあっては希有な存在だ。まあ、そんな人間ばかりだったらそもそも成り立たないのが「ここ」なのだが。  ともかく、そんな希有な奴の反応ってのはいちいち新鮮で、俺達には格好の玩具だ。本人はそんな理由で構われていることに気付いていないのだろうが。真正直な人間てのは、大抵鈍い。        グランベルとイザークを分けるイード砂漠。その一帯を広範囲に縄張りにする盗賊団、それが俺達であり、砂漠南に位置しかつてはイザーク方面を警戒する役にあったであろう廃砦サーヴ、それが現在の俺達の根城だ。  といっても、盗賊団の首領はドナールという壮年の男で、俺やそこらに転がっている面々はただの下っ端なんだがな。  俺の親父が盗賊団の次席にあり、その一派と目されていることもあってかなり好き勝手出来るが、突出してバカに目を付けられるのも面倒なので割と慎ましく遊んでいる。  ランドックのおっさんは親父の腹心で、アアイやクリューゲも似たようなもの。一人浮いている僧侶のセマは、旅の途中拿捕されただけで実のところ盗賊団の一員ではない。間抜けさ加減から逃げ出す機会を失い、寄る辺なく親父の保護下にあるというのが正しい表現だろう。    で、その場違いなセマは。苛められるとわかっているだろうに、なにを好きこのんでこんなタイミングに顔を出すのだか。 「いえ、いい加減起きるか、寝たままにしても場所を変えないと身体を壊してしまうと思いまして」  起こしに来たんですよ、セマはへらっと笑う。  バカだ、こいつは。間の抜けた笑顔に思う。娑婆に戻れたって、こいつは絶対出世出来ないだろう。このまま盗賊団付きで杖振ってる方が、本人にとっては幸せなのかも知れない。  つっこむと疲れそうなので、話題を変えた。 「さっき随分騒がしかったが、なにかあったのか? 親父の怒鳴り声がここまで聞こえたぜ」  すると、セマは顔を顰める。  ランドックも不機嫌そうに鼻を鳴らした。   「――そのう。フリージの王女を、誘拐したんだそうですよ」    おずおず漏らすセマの言葉に、俺はぽかんと口を開けた。       −2−     陰気な女だな、というのが第一印象だった。  そうして、こんなところに一人で閉じこめられて明く振る舞ってるほうが気がふれてるかただのバカだぜ、と考え直す。    フリージの王女を見物したい、というと、ろくでもねぇことには耳が早ぇな、そういって親父は顔を顰めた。  俺はこういうやり方は好かん、と舌打ちし、砦の半地下に奥まった一部屋を示す。  親父のいいたいことは、まあ、よくわかる。  盗賊団にいてこんなことをいうのはただの偽善だが、親父は無闇な荒事と波風を嫌っていた。  羽振りのよさげな商隊から通行料を徴収したり、戦場の落とし物を回収したり、廃砦や廃城を漁ったり。そんな穏便なやり方で稼げばいい。下手な荒稼ぎは面倒を呼ぶ。目立って名が売れて、得るものは官憲の注視と、同業者の敵愾心だ。実入りは全くない。と、親父が危惧するのは、そんな辺り。  それで、ぱーっと稼ぎぱーっと使う刹那主義のドナールとは相容れず、最近よくいい争っている姿を見る。  親父は、慎重だ。臆病で心配性と揶揄されるが、思慮深くやや悲観に流れるということだ。だから親父は、ドナールのやり方が危なっかしくて仕方がないんだろう。ドナールはドナールで、親父のやり方はまどろっこしいのだろうが。  そんな二人が盗賊団の首領と次席でよくまとまってるなと不思議になるが、補い合う間柄だからこそ今まで保ったのかもしれない。けど、二人とも年を取った。以前はそれでも、互いの意見を聞く耳を持ち、歩み寄る姿勢があった。俺がガキの頃、二人はいい友人だったのだ。  しかし、最近は。  瓦解寸前の危うい場所に、二人はいるのかも知れない。  二人が決裂した場合、俺は親父と一蓮托生だ。――少しマジで、その辺りは考えておいた方がいいのかも知れない。    フリージ王女を誘拐。  随分な波風だ。  上手くすれば莫大な身代金を得られるが、下手すりゃ相手はフリージの正規軍、危ない橋どころか綱渡だ。  親父が怒るのも無理はなかった。しかも、事前になんの相談もなく、いきなり今日、誘拐したと聞かされた日には。  親父とドナールは肩書きこそ首領次席を名乗っているが、発言力はほぼ対等だった。長く二人三脚状態にあって、だからドナールがことを起こすのに親父に一言もないってのはありえない話だった。  しかし今、ドナールは一歩前進し、親父の顔色になど構うことはない。それはドナールが望んだことであり、親父もまた容認した。――容認したのだが、事実の前には時折吹っ飛ぶのだろう。  そうして始まるのは、陰険な応酬だ。親父が説教をかまし、ドナールが煩げに払う。焦臭いことこの上ない。  更に。最近やけに、ティウツの野郎――砦では新参者ながら、ドナールに取り入り第三席の地位にある。まあ、自称、だが――が、二人の争いを煽る。  ドナールが誘拐なんて大事を勝手に起こしたのは、おおかた親父に慎重論を吐かれるのが鬱陶しかったからだろう。  けれど。ひょっとして。  長い付き合いの親父を、その影響力を、それが目に見えて現れるのを、ドナールは恐れたのだろうか。疑心暗鬼に駆られて。ティウツのあからさま讒言に綺麗に乗っかって。ドナールより親父を、皆支持するかもしれない。二人争って、そしてそんな現実を見せつけられたら。  なんてな。  そんな現実など、あるわけがない。ドナールは単純で軽率だが、豪快で面倒見がいいので慕われている。それは、思慮深く尊敬される親父の慕われ方とは方向性が違い、比較できるものではないのだ。  第一、親父は自分がトップに立つ器ではないことを知っていて、変な野心など持ちようがない。    陰鬱な思考にはまりながら、俺は俯く少女をぼんやりと見いた。  固く閉ざされた扉に空いた、格子のはまった覗き窓ごし。薄暗い部屋の中、素っ気ない寝台に座る少女。  二本に分け綺麗に編んだ藤色の髪。仕立ての良さそうな衣装。ひらひらした薄衣はおそらく絹だ。村の女達の着る、ざらりとした目の粗い生地などではなく。髪に編み込まれた紅のリボンひとつとっても、光沢ある物で高価なことは一目でわかる。  裕福な環境で、贅沢に育った娘。なにしろ王女さま、か。  と。  ふいに、彼女が顔を上げ。    俺は、衝撃を受けた。    ――虚ろな、目。       −3−    泣きはらした跡もなく、怯えの色もない。ただ冷め切った目だった。  それが、俺の姿を認めた途端、笑った。薄ぼんやりと、微笑んだ。  そうして俺を誰何する。    どなたですか。ああ、人の名前を聞くときは、まず自分から名乗らなければいけないんですよね。わたしはティニーといいます。    頭のネジが弛んでやがる。  あの虚ろな目を見ていなければ、そう思っただろう。そうして、頭の弱い姫君と蔑んだろう。  しかし気圧された俺は、ただ、自分の名前だけいい残し、その場を立ち去ったのだ。    軽く頭を振り、思考を振り払う。  予想を外して――めそめそと己の不幸を嘆くバカ娘というステロタイプを描いていたから、だから俺は少し動揺してしまったのだろう。見慣れない、育ちのいい人間の雰囲気が、場にあまりにもそぐわなくて、それで調子が狂ってしまっただけなのだ。  顔を上げると、剣を磨いていたはずのアアイが、にんまり笑って俺を見ていた。 「悩める青少年?」 「なんの話だ」 「綺麗な娘だからねえ」 「だからなんの話だよ」   青いねー、などといいつつ、アアイは剣磨きに戻る。 「そろそろ戻ってくる頃か」  むっつりと、クリューゲがいった。 「んー、ティウツ達?」 「ああ」 「首尾よくことが運んだかねえ」  興味なさげにいって、アアイはけらけら笑った。それから再び、俺に目を向けるが。  俺はそれに気付かない振りをして、部屋を出た。    ドナールの腹心であるティウツが、フリージとの交渉に出かけたのは一昨日のことだ。アルスター、ましてやメルゲンは馬で丸一日とかかる距離ではない。結果がどうであれ、早けりゃ今晩あたり戻って来てもおかしくはない。  王族との交渉など、下手すりゃ即消されちまうだろうにと。どうするつもりだと聞いた親父に、蛇の道は蛇、とにやりと笑った。ティウツは独自のコネを持っているのだろう。昔、俺達の仲間になる前はフリージの騎士団にいたというクリューゲが、ティウツには見覚えがあるといったこともあったな。  するとひょっとして、この一件はティウツが唆してのことなのだろうか。  下卑た笑いのまばら髭を思い出す。俺はドナールの親爺は嫌いではないが、ティウツだけはどうにもいけ好かなかった。  まあ、どうでもいいことだが。    ――空気の淀んだ半地下に、彼女はいる。    下り階段を前に逡巡し、それから踵を返した。        外に出て、馬屋へ向かった。  馬屋と呼んでいるが、実のところは兵士達の訓練場だったのだと思う。石造りのがらんとした建物。扉という扉、窓という窓が全て外されていて、近づくとまあなんだ、馬糞が香る。  中に入ると、一番奥に褐色の塊がいた。翼に鼻面つっこんで寝こけている。ダナエ。おそらく生まれはトラキアの、竜。  彼女は俺の気配に気付いて顔を上げ。 「みぎゃ」  一声鳴いた。 「うん」  俺は意味もなく頷いて、藁くずに座った。ダナエにべったり凭れて。背中から、うろこ越しの体温が伝わってくる。暖かい。  ダナエは再び、鼻面を翼に仕舞った。  遊んでもらえるわけではない、そう理解して、夢の続きを見ることにしたのだろう。    一五年程前。  ダーナの砂漠で、竜騎士団と槍騎士団の戦闘があった。  砂漠に於いて馬の足が竜の機動力に敵うわけもなく、戦況は一方的だった。戦いなどではない、なぶり殺しであり、虐殺である。  ――と、見てきたようにそう語ったのは、実際見てきた親父だ。  盗賊である親父達は、戦場に残された「落とし物」や「忘れ物」を回収するため、その場で隠れて見ていたのだそうだ。始終を。  死んだ兵士の装備品などは、多少壊れていようとも売れば結構な金になる。落とし物を拾って、売るだけ。楽で、実入りは大きい。美味しい仕事なのだ。  そこに、ダナエがいた。  竜騎士達が立ち去った後、残されていたのは死屍累々。殆どの者に息はなく、あったとしても時間の問題。  そんな中に、ダナエはいたのだ。主人と思しき竜騎士の遺体に寄り添うようにうずくまっていた竜。瀕死という程ではないにしてもそれなりの怪我を負い、なにより羽根を痛めて飛ぶことが出来なかった。だから、置き去りにされたのだのだろう。飼い慣らされた竜というのは貴重なので、ただ捨てていくことはあり得ない。  それで、物好きな親父はダナエを拾った。    一五年の歳月はダナエの羽根を完全に治療したが、すっかり臆病になったダナエは争いを嫌う。ちょっとした小競り合いにすら恐慌を来す彼女の前で、刃物沙汰は御法度だ。  けれど。のんびり、主に荷物運びに存在意義を見出す現在のダナエは、俺の目には楽しそうに見える。  まあ、竜の表情などわかるものではないが。    なんとなく、漠然と。  感じるのは暗雲だ。  ダナエの体温に温まりながら、ぼんやりと馬屋の天井を見上げる。梁と屋根を支える束の配置が、綺麗な幾何学模様を作っていた。  それでなにもかも面倒になって、ゆったり俺は目を閉じた。青く生臭いダナエの匂いすら、今は心地よい。       「リーフさん、リーフさん、リーフさん」  名前を呼ばれ、目が覚めた。  目を開けると、困り顔がある。  それが、うぐるるる、とあげたダナエの唸り声に。一瞬強ばり、えらい勢いで遠ざかった。  身を起こす。  セマが、向かい側の壁に張り付いていた。――なにをやっているんだか。  ダナエはぐるぐる唸ってセマを威嚇している。突然起こされて不機嫌なのか、俺の眠りを妨げたのが不満なのか、あるいはセマの反応を面白がっているのか。どっちにしろ、可愛い奴。 「どうした」  やれやれと膝を立て、壁画に声をかける。  セマの後ろ、明かり取りの高窓の向こうはとっぷり日の暮れた夜。ここに来たのは昼過ぎだったから、随分と長く眠っていたことになる。  すると、こいつは。ランドックのおやっさんにいわれて、俺を探しに来たってとこだろう。 「アアイさんが、すぐに来いと」  外れ。 「アアイが、なんだって」 「その、ティウツさん達が帰ってきまして。面白いから、呼んでこいと」 「面白いから?」  ……なに考えてんだろうな、アアイの奴は。  けど、まあこれで、あの少女ともお別れだ。最後にもう一度、あの辛気くさい面を見ておくのも悪くはない。  俺は立ち上がり、ダナエを一撫でし。  そして、馬屋を後にした。   「ところでセマ、お前まだダナエが怖いのか」 「怖くないリーフさんの方がおかしいんですよ。竜ですよ、竜。あんな大きいのに間近で唸られて、身の危険を感じないなんて変ですよ」 「ほー」 「あれですね、盗賊生活なんか長いことなさっているから、危険に麻痺しちゃってるんでしょうね」 「へー」 「でもそれって危ないんですよ。危機管理能力が低下してるってことですからね」 「はー」 「そうしてリーフさんは、新たな危険を求めて無茶をするんですよ。気を付けて下さいねー」 「お前明日ダナエの餌係ね」 「うえっ!?」  危機管理能力が低下しているのはお前だ。すっかり慣れやがって。       −4−    「会議室」などと尤もらしく呼ばれている広い部屋に入ると、まず目に入ったのは怒り心頭と思しきドナールの面だった。  その前に、縮こまるティウツ。  テーブルを挟んで対角に、憮然とした親父と、にやにや笑っているアアイがいる。ランドックとクリューゲの姿はなかった。まあ、クリューゲ達が席を外している理由はわかる気がするが。というか、アアイが同席しているのがおかしいんだな。ただの野次馬なのだから。  ドナールは俺を一瞥し、ち、と舌打ちした。  構わず俺はアアイの隣に座る。セマも一緒についてきて、更に隣に落ち着いた。 「交渉失敗したんだって」  可笑しそうに、アアイは小声でいった。 「は」  どういうことだ、と俺が聞き返す前に。    こづかれよろめいて、フリージの娘が入ってきた。    青白い顔で一瞬室内を窺い見、そして俯く。  彼女を連れてきた者、ティウツの部下で俺は顔見知り程度にしか知らない男が、立ち尽くす彼女を椅子に座らせた。  雰囲気から愉快な話ではないと察しているんだろう。彼女の白い手は、膝の上の布地を強く握りしめている。    ドナールが唸った。 「末は帝国の王妃となる大事な娘、身代金などいい値で払うと、そういっていたのはどの口だ、あん?」 「いや、しかし、フリージの王女が帝国の皇子といい仲だってのは確かな情報で」  詰問に、ティウツが慌てていいわけするも。 「それでどうして、その娘のために支払う対価などない、という返答が返ってくるんだよ」  ティウツは曖昧に笑って、小さく肩を竦める。口端が引きつっていた。   「――それは、イシュタル姉さまのことなので、」    突然、細い声が響いた。  不意をつかれぎょっとした俺達は、さぞ滑稽な面だったろう。  全員の注視を集めた彼女は、ぼんやりと顔を上げた。顔色は蒼白。澄んだ声。ティニー。 「わたしは、ブルーム伯父さまの娘ではありません。姪です。フリージに連なる者ですが、王女なんかではありません」  淡々と。 「人違いなんですよ」  そういって、彼女は笑った。ただ、笑った。    この女は、面白いかも知れない。   「ぷ」  アアイが吹き出した。 「うくくくく。可笑しい、面白すぎ。最高」  堪えようという素振りすら見せず、笑いながら指さして少女を賞賛している。  きょとんと、そうして初めて不安の色を見せた彼女と。  なんとも間の抜けた舞台仕立てに。  憮然とした親父も、口の端はなんとなくひくつき。セマは親父とアアイとドナールの間に目を彷徨わせおろおろしている。  本当に、滑稽だ。 「あーははははは。ティウツの旦那、人違いだって。大ポカ」 「う、うるさいっ」  ドナールの前で青ざめていたのが一転、真っ赤になってアアイを睨むティウツ。  一触即発、雰囲気は最悪。そして、それに怯む者はこの場にない。セマ除く。  ガタンと殊更大きな音を立て椅子を倒して立ち上がったティウツを皮切りに、たちまち怒号と煽りの渦が巻き起こった。  アアイはにやにや笑いながら待ち構える。完全に面白がっていた。第一四回サーヴ砦杯決勝、西手ティウツ得物斧、東手アアイ得物大剣、ってとこか。  ところで未だ発言のない首領に目を向けると、ドナールは渋面だった。さもありなん。        自分の発言が現況を招いたことが判っているだろうティニーは、所在なげに首を傾げていた。  罵声を飛ばし会う面々を見比べ、部屋全体を見回す。ついと。  そして。俺と目が合い。    びくり、と。冗談のように身を震わせた。    皆喧噪に気が惹かれ、自分は忘れ去られていると油断したのだろう。彼女を注視している者がいるなど思いもよらなかったに違いない。  実は不意をつかれたのは俺も同じなのだが、そこはそれ踏んだ場数が違う。焦った様子などおくびにも出さず、平然と構える。  いわゆるびっくり眼というやつ、目一杯見開いた眼で、彼女は俺を凝視する。紫水晶の瞳で――今、初めて気付いたのだが、彼女の瞳は紫色だ。菫よりも赤く淡く。夕から夜に替わる僅かの間の空の色。    ――と、一見傍観者よろしく観察結果を述べている俺だが。  現状を客観的に且つひとことでいうならば、俺達は見つめ合っていた。  機会を失ったのだ。目を逸らす。  なんと表現したものか、慣れない空気に戸惑う。  とても居心地が悪い。  けれど、       「手前らいい加減にしねぇか!」  胴間声の一喝が、俺を引き戻した。  喧噪は一瞬で静まり、皆一斉に声の主へ目を向ける。  流石ドナール、腐っても首領。    ティウツとその部下達、そしてアアイが部屋から追い出され、部屋に残ったのは五人。ドナール、親父、俺、なぜかセマ、そしてティニー。  親父はため息をつき、ドナールを正面に見据えた。 「さて、どうするつもりだドナール」 「どうするもこうするも。身分も半端だしただ返すのも癪だ、娼館にでも売っぱらっちまうしかねぇだろう」    ――一瞬。彼女の目に、怯えの色が宿った。しかしすぐ消える。残ったのは、茫洋として虚。  ああ、畜生。   「そんな貧相で陰気なガキ、娼館に売ったって買い叩かれるのがオチだぜ」  俺の発言に。  砦の首領と副首領は、揃って剣呑な目を向けた。ガキが生意気いってんじゃねえ、と。まあ、そんなコトを目つきは語っている。揃って。気が合ってるじゃねぇか。  構わず、俺は続けた。 「早まるこたねえよ。半端だって随分な身分だ、そのうち利用価値も出てくるだろうぜ。俺が面倒見るよ。いいだろ」 「リーフ、」  黙ってろ、と続けようとした親父を止めたのはドナールだった。  一転、にやついた表情で。 「なんだ、リーフ。ご執心だな。惚れたのか」  そんな戯れ言を、やけに嬉しそうにほざく。  まあ、このおっさんの下世話で俗物なところは、俺は嫌いではないのだが。  結局、面倒見のいい親分なのだ。 「ああ、そう取ってくれて構わないぜ」  不適に笑って期待に適う返答をしてやると。  豪快に笑ったドナールは、俺の背を力一杯叩いてくれた。畜生、少しは手加減しやがれ。       −5−    俺の一番古い記憶は、乾いた荒野と青い空だ。  ダナエが左右に尻尾を振って歩く横に、危なっかしい足取りで並ぶ子供。土煙に目をこすり、石や砂に足を取られ。前によろけてはダナエの前足に支えられ、後ろに転けては尻尾に起こされる。  家出、というか、砦出を敢行していたのだと思う。  ダナエだけをお供に連れ、俺は闇雲に、荒野を歩いていたのだ。  日差しは痛いようで、目を眇める。それで余計、足下は危なっかしい。喉は渇くし疲れるし、さっき転んでついた手の平は痛い。  それでもムキになって歩き続けたのは、意地になってしまったのだろう。そもそもなにが理由で砦を出たのか、その辺りはよく覚えていないのだが。  とにかく俺は荒野を歩いていて、ダナエは飽きることなくそれに付き合っていた。  暫くして、なにかの足音が後ろをついてくるのに気付いた。  俺は立ち止まる。足音も止まる。歩き出す。足音も再び聞こえ出す。止まる。足音も止まる。――振り返る。  すこし距離を置いて、そこには足の太い馬がいた。親父を乗せて。  ぶん、と振り戻り、俺は再び歩き出す。  馬の足音も、再び始まる。  そのまま無言で、ときどきダナエがぐるぐる唸る以外は全く無言で、俺達は歩き続けた。  次の記憶は、見慣れた砦の寝台だった。  おう、随分がんばったな、と、俺の顔を見てドナールがにやりと笑う。親父は、と問うと、まだ寝ている、と返答があった。  手の平には布が巻いてあって、痛みはもう無い。  やんちゃすんのはいいけどよ、あんまり面倒かけるんじゃねぇぜ。と俺の頭をわしわしかき混ぜ、腹減ったろ飯にすんぞ、そういって立ち上がった。  ぱたぱたと食事に向かう途中、親父の部屋を覗くと。しんと静かで、寝息だけが聞こえる。随分と熟睡しているようだった。  それが、なんとなく、嬉しかった。    読み書きを教えてくれた、今はもういない老人との時間から逃げ出さなくなったのは、それ以降のこと。  まあ、それだけの話だ。       −6−    翌朝。アアイが満面の笑みでにじり寄ってきた。  後ろには、こっちと目を合わせようとしない挙動不審な男を従えている。  かつて砦の食堂として機能していた割合広めのこの部屋は、現在も食堂として利用されている。厨房が隣接、というか併設されているため、他の用途には利用し難いのだが、そもそも無理に利用しなければならない他の用途なんぞ存在しない。  そこで現在俺は朝食の真っ最中だった。  向かいにはつい昨日まで牢にいた少女が座っている。    昨夜、俺が引き取ることになった彼女は、取り敢えず明け渡してやった俺の寝台で就寝した。  ドナールにああいった手前、しばらくこいつは俺が身近に置いて面倒見るほかない。他に空き部屋がないではないが、掃除やらなにやらの支度をしてやるのは面倒だし、目の届く範囲に置いておかないと別の意味で面倒になりそうな気もする。幸い自室は広いし――個室争奪戦に勝利しておいて本当によかった。  そんな、どうでもいい考え事に気を逸らす。やれやれとため息をつきながら意識を少女に戻すと、既に彼女は静かな寝息をたてていた。寝具に潜ってから、まだ、それ程時間は経っていない。  なんて度胸だ。それとも、疲れていたのか。或いは、緊張の糸が一気に弛んだか。――俺と一緒で?  長椅子に寝っ転がって、早いとこ、彼女の寝具を用意しなくちゃな、と現実的な方面へ思考を誘導する。  しかし、ついと視線は彼女へ向かい。  結局長いこと、ぼんやりと、少女の寝顔を、眺めていた。    おかげで今朝は睡眠不足だ。  食事は各々調達支度、の原則に則って、ざっと用意してやったパンと果汁水とプレーンオムレツ。それを彼女は不思議そうに眺めたり手にしたフォークでつついたりしている。  確かに、綺麗な少女だ。典雅な育ちに造られただけでなく、元が美形なのだろう。身体付きは貧相だが、それは時間の問題って奴だ。  それが、アアイの影に気付き、 「おはようございます」  そういって、頭を下げた。  結った髪の一房が、オムレツを撫でる。 「あ」  彼女は慌てて頭を上げ、けど意外と機敏に、ソースの付いた髪を掴んだ。これで服や皮膚へのソース付着という二次災害は防がれる。  困ったように、彼女は俺に目を向けた。  まったく、どうしろってんだか。  黙ったまま俺が台拭きを投げてやると、彼女はそれで髪を拭いた。 「ふーん」  意味ありげに笑うアアイ。  なにをいいたがっているのかは、にやついた口元と後ろにいる僧服のバカを見れば一目瞭然だが。話を振ってやるほど親切な気分ではない俺は、黙ったまま食事を続ける。        食事を終えた俺とティニーは、後から来たくせに俺達と同時に食事を終えたアアイとセマに引きずられ、場所を馬屋に移した。  先に来ていたらしいクリューゲが、愛馬に餌をやっている。 「リューまでいるのか。お前ら暇すぎだ」  まあ、クリューゲに関しては、元フリージ騎士って事情から現状に興味がわくのはわからんでもないが。 「さあて。それじゃあきりきり、白状してもらおうか」  ダナエの陣取る一画に落ち着いたアアイは、ご丁寧に人数分用意された椅子に前後ろに座り、背もたれに顎を預けそうほざく。  ちなみにこの椅子は馬屋備え付けのもので、人数分の運搬をしたのはおそらくティニーよりは腕力のあるだろうセマだ。その功労者は、最もダナエから距離を取った位置に座っていた。餌係をやってなお、打ち解けるには至らなかったらしい。    ティニーは、呆然とダナエを見上げていた。  ダナエも、その長い首を持ち上げ、興味津々ティニーを見下ろしている。 「竜を見るのは初めてか」  問うと、小さく首を振った。  けど、と続ける。 「こんなに近くで見るのは、初めてです」  その間も、ダナエから目は離さない。  ダナエは少し頭を下げ、ティニーに視線を合わせた。緋色の目がぐるぐる回っている。  綺麗なんですね、とティニーはいった。褐色の鱗が、つやつやして、と。  名前はダナエだ、と教えてやると、深々と頭を下げた。 「わたしはティニーです。ダナエさん、よろしくお願いします」  ダナエはのどを鳴らし、目を閉じる。  ティニーが腕を伸ばし、ダナエの首を撫でた。  なんというか、双方面白い反応だ。    ところでアアイ達の用件というか目的は、まあお約束だが昨夜の話だった。  竜と少女のほのぼの空間に「和むねえ」などと呟いた後、アアイは俺に向き直って釈明を求める。しかし釈明って。アアイの言葉選びのセンスについては一度とことん話し合う必要があるな。 「釈明もなにも、セマに全部聞いたんだろ」  それ以上なにを話せというのやら。寄る辺なくなったティニーを、俺が引き取った。それだけだ。  ティニーに目を向けると、まだダナエを撫でていた。随分と楽しそうだ。 「聞いたけどねえ。じゃあ、セマの話がホントにホントでホントなのね」  なにがいいたいんだこいつは。というか、そこまでくどく追いすがるってのは、セマは一体、どんな説明をしたっていうんだろう。   「リーフは彼女に惚れちった、と。春だねえ」    季節を問うならば、今は夏。  ……と、つっこみを入れるのもなにやら虚しく。    アアイの笑みはにんまりとしか形容のしようがなく、無口無愛想で通るクリューゲも口端を吊り上げていた。  俺はこめかみを揉みほぐして黙考する。それからゆっくりと、怯える小動物系青年を振り返った。 「セマくん。ちょっとサシで話がしたいんだけど、今都合はいいかなあ」  笑いながら親愛なる僧侶殿にそう窺うと、セマは青い顔で首を横に振り、アアイとクリューゲに縋るように目を向けた。  救いの手など、しかし当然現れるわけなどない。  セマにヘッドロックをかけながら事情を簡潔に説明し――つまり、彼女を俺の女だということにしておけば、他の奴らは早々手出しできないだろう、わかれそれくらい――、しかし、こいつらの含みある目は変わらなかった。  つまり人は、自分が信じたいことを信じる。  面白けりゃ真実などどうでもいいのだ、特にこういう場合は。        ところで俺達がそんなコントを繰り広げている間。  ティニーとダナエは延々親交を深め合っていたらしい。  ダナエさんと仲良しになりました、とは、馬屋を出て後のティニーの談だ。       −7−   「――つまり、他の奴らに手出しされちゃ困るっていう、その感情がどこから生まれているのかが問題なわけよ」  それは随分と説明的な疑問だこと。  簡単だよ。まだ利用価値があるのが、傷モンになったらまずいだろ。 「それは程度によるじゃない。極端な話、五体満足で生きてればいいわけだし」  おい。 「だいたい、お綺麗に保存しておきたいなら、ちょっといい部屋に幽閉しとく方が安全じゃない。うってつけの世話係もいるしさ」 「ど、どうしてそこで僕を見るんですか」 「けど、そうじゃなくて、リーフは彼女を安全に、自由にしておきたい。自分が庇ってでも。それはなぜなのかってのが、お兄さん興味あるんだなあ」  お前の興味なんぞ知るか。  それに、別に安全、は図っちゃいるが、自由にさせとくのにはなんの含みもねぇよ。 「ふーん」  なんだよ。 「別にぃ。まあ、わたしは嬉しいからいいんだけどねー。ひらひらちゃん一人で随分和むし目の保養だし」  そーかよ。 「あ、大丈夫よ。わたしの好みにはちょーっと胸が足りないから、ちょっかいはださないよー」  だからそんなんじゃねぇっつうの。 「アアイさん、凹凸がある方が好きですもんねえ」 「セマは怖い人が好きなんだよねー」 「ななななんですかそれはっ」        ティニーは不自然なほど自然に、周りに馴染んだ。  見てくれが柔和な女顔のアアイや腐っても僧服のセマに懐くのはわかるとして、厳つい親爺ども、ランドックはともかくドナールとまで和やかに挨拶を交わす光景を見た日には正直驚いた。  ドナールも売り飛ばそうと本人目の前に話していたことなどすっかり忘れたのか、むさ苦しい砦から浮いた可憐な少女に、不自由があったらいつでもいいな、などいったらしい。いつも俺達にくっついてきて――それは身の安全のためにそうするよういい含めたからなのだが、独りになることなど滅多にないティニーが、いつの間にドナールと話したのかはわからないが。まあ、おっさん実は子供好きだしな。  クリューゲだけは無愛想面を崩さず、ほんのり彼女を無視していた。まあ奴にもいろいろ事情があって、わだかまりはそう簡単に消えないのだろう。ティニー自身に責任はないにしても、フリージの娘なのだ。    村娘の身なりに林檎の入った籠を抱え、ティニーがよたよた歩いていた。  いくら上物とはいえ一着の服を着っぱなしでは体に悪い、かといって女の着る服などなし。そうぼやいた翌日には「アアイさんにもらったんです」と笑うこのナリのティニーがいたわけだが。――全く、アアイの奴はわからない。  ティニーは俺に気付くと小走りになった。そして、よろける。  徒歩でさえよたよた歩きだったのだから、この展開は容易に読めた。 「わ、わ、わ、」  前傾でたたらを踏む彼女に駆け寄り、籠とティニーと、両方を受け止めてやる。とはいえ俺も、まだ非力な一六の若造なので。一緒に半歩ばかり後退してしまった。情けない。まあ、倒れ込まなかっただけでも僥倖か。 「たく、なにやってんだか」  呟くと、声に非難の色を見たのか彼女の眉尻が下がった。 「別に、お前を怒ったわけじゃない」  どちらかといえば、腹立たしいのは自分の脆弱さだ。  彼女の籠を取り、どこへ行くのかと尋ねる。「ガレスさんに、ダナエさんにあげてくるよう頼まれたので」と、ティニーは林檎を見下ろした。  成る程、とおざなりに答えて。一緒に馬屋に行くことにした。この調子で歩いていては絶対途中で転けるだろうし、ダナエの顔も見たい。    ――不意に、視線を感じた。  敵意。ちりちりと刺すような、好意など欠片も含まれない視線。   「どうかしましたか?」  足を止め、俺を見上げ。ティニーはきょとんと首を傾げる。 「なにが」 「あの、ちょっと、雰囲気が変わったので」  しらを切ろうとする俺に、なんら察せずティニーは素直に返してくる。  一応気配を探るも、もう辺りには視線の主はいない。  俺はやれやれと頭を振り、彼女に向き直った。 「……あのな、ティニー。そういうことは、気付いてもなにもいうな」 「え?」 「みすみす相手方に教えてどうするよ」 「え? え?」  しかし、なんのことやら、全く理解していない様子。  彼女の今までの生活を考えればそれは無理のないことなのだが。  こういう迂闊さ、鈍感さは危険だ。いつか俺にも害をもたらすことは容易に想像できる。堪らない。  仕方なしに俺は、「こういった世界」での心得――つまり、不審を感じた場合気付かぬ振りをして相手を泳がせるのも一つの手である、などを延々彼女に講釈していった。馬屋へ向かう道すがら。    そして、ほんの些細な雰囲気の違いに気付く彼女の鋭敏さについては、深く考えることはなかった。        ティニーが林檎を投げ、首を伸ばしたダナエがそれを器用に口に捕らえる。真っ赤な林檎が、あっという間に大きな口の中に消えていった。  馬屋の裏手に申し訳程度に広がる草原の。砂色と草色のまだらの上をほてほてと歩きながら、ダナエは久方ぶりの陽光を気持ちよさそうに浴びていた。  ティニーが時折くすくす笑い、白い手を伸ばしてまた一つ林檎を投げる。  なんともうららかな光景。馬屋の裏に捨て置かれた樽に腰掛け、ぼんやりと俺は、それを眺めていた。  頭が弛む。  こんなのも悪くない、と思う気持ちと、不味い、と思う気持ち。それらがぐるぐると渦巻いて、不快だ。けど、捨て難い。    ――いい厄介払いができて感謝したいくらいさ、なーんていってたらしいよお。    昨夜、ちょいちょいと手を振って俺を呼んだアアイが、珍しく静かにそういった。口調は相変わらずだが、落ち着いた声音で。  唐突でわけが分からず、なんの話だ、と眉を顰めると。  フリージ王家周りの話。と緩い笑みを見せる。 「お嬢が誘拐された感想を、率直に伺ってみました、という感じかなー」  どこからの情報だよ、とつっこむと。 「密偵。詳細は、ヒ・ミ・ツ」  人差し指を振りながら。  内容よりもいい様と仕草に頭痛を感じ、どこの姐さんの談話なんだか、とそれだけを漏らす。そんな俺に返ってきた答えは、流石に衝撃だった。 「女王陛下」  フリージの女王陛下は随分いなせなでいらっしゃる。フリージ一家の女親分、の方が正解じゃないのか。  アアイの交友関係は結構謎で、アアイ自身にも秘密が多い。面白さに重きを置く質だが、実は聡明だ。だからおそらく、この話も真実に近いのだろう。胡散臭いこと甚だしいが、そう思うに足る信頼を、俺はこいつに置いている。    厄介もの。    つまりそれが、あの虚なのだろうか。  王の姪だといったか。少し、探ってみるのもいいかも知れない。    思考を止め顔を上げると、竜と少女が並んで虚空を見上げていた。       −8−   「自分の命を換金するなら、いくらになる?」  細い腕に似合わぬ大剣を軽々、男の喉元に突きつけてアアイがいった。 「遊ぶな」  槍で斧を捌きながら、こちらは相性が悪いのだろう苦戦しているクリューゲが、それでも律儀にツッコミを入れる。  黒衣の男が書を手に呪文を織り上げようとしている。それを橋目に、俺は目の前の剣戟を避け、勢い余って前にのめる男のわき腹を割いた。勢いを殺さず手を返し更に突き刺す。肩胛骨の下辺り、上手くすれば心臓直撃。  同時に、黒衣の詠唱が終わり、 「――フェンリル」  陰気な声に喚ばれた昏い力がアアイを襲う。 「うわっとお」  なんとも緊張感削がれる声をあげ、アアイは後ろに飛んだ。直撃は避けた様子。 「うあー魔法は勘弁してよねえ」  僅かに衝撃を食らったのだろう、顔を顰める。  そこへ、喉元を解放され自由になった男が剣を振り上げ襲いかかるが。 「遅いよ」  あの一連でさえ体勢が全く崩れない化け物なので、難なく男の剣を受け流す。そのまま振り上げた剣を、袈裟懸けに下ろした。嫌な声をあげ、男が倒れる。  その時、黒衣の男が再び書を開くのが目に入った。  俺からは少し距離がある。さりとて近くに他の味方も見当たらず。  俺は、黒衣の男に剣の切っ先を向けた。――灼けろ。力が解放される。光の束が、黒衣に襲いかかる。  間合いの外にいて油断していたのだろう。黒衣は、光をまともにくらい片膝をついた。 「殺しちゃったかな」  剣から滴る血液を振り払いながら、アアイはぼやいている。  同時に、どさ、と鈍い音がして。斧を手放して仰向けに倒れた男の胸を踏んでクリューゲが、男の眼前に槍先を置いた。  それが、最後。    ダーナからイザークへ向かう街道――というのはおこがましい、砂漠の中に申し訳程度に示された細い道がある。そこから逸れた森、というにはこれまたささやかで慎ましい木々の中で、俺達はこの得物どもを待ち伏せ、たった今叩き伏せたところだった。斥候より街道を外れたとの情報がもたらされたときには追跡の面倒さを思い溜め息が出たものだが、からりとした荒野より森の中の方がいろいろ有利だ。つまり、追い剥ぎには。 「暗黒司祭か」  生き残った数人を無力化しながら、クリューゲがいった。 「ああ、そうだねえ」  それを手伝おうという素振りも見せず、ただ黒衣を一瞥。飽いたように視線を戻し、大剣を支えにして背を伸ばすアアイ。 「お前達、こんなことをしてただで済むと思っているのか」 「ただで済まないよお。君の有り金全部もらって、収支はわたしらの大幅黒字」  うふふー、と笑いながら、類型的な台詞を思い切り曲解し。アアイは黒衣の前にしゃがみ込む。  俺は一つに集められた手荷の中身を、一つ一つあらためた。他愛のない生活用品の中、ころりと、光り物が二つ。  赤い石。石榴石か、紅玉か。  他に、めぼしいものはない。しけてやがる。 「リュー、荷物は外れだ。身に付けてるんじゃねぇか」  そうか、と。最後の男を縛り終えたクリューゲが、無言でアアイに目を向ける。  そんじゃきりきり、出してもらおうか。懐から出した短剣で己の指をつついて遊んでいたアアイは、クリューゲの言葉に応呼し、黒衣の首に無造作に赤い線を引いた。  ――つぷり、と。短剣が、喉の肉に沈む。  暗黒司祭は殺せ。親父の意向だ。  無闇な殺しはしない。そんな不文律を俺達に課する親父だが、こと相手が暗黒教団の場合はこの限りではなかった。寧ろ。積極的に。  殺せ、と。  ドナールも、そして砦の殆どの者は暗黒教団を嫌っている。それはわけの判らないもの、そして狂気に対する嫌悪だ。  けれど、親父のそれは。嫌悪という言葉では済まない程昏い。憎悪、明確な殺意。  親父と暗黒教団の間でなにがあったのか、或いはなにをされたのか。それを、俺は知らない。  気にならないといえば嘘になるが、深く詮索したことはないしこれからもしないだろう。生かしてはおけない、吐き捨てるようなその言葉を聞いたときに、余計な詮索をすべきではないと判断したのだ。所詮、俺の感情はただの好奇心。人には下世話な興味で踏み込んではいけない領域がある。  黒衣の末路に怖じ気づいたのだろう。はした金で命まで落とすのは割に合わないと、生き残った男二名が全面降伏の意を見せた。雇われものなら、こんなもの。楽しそうに止めを刺すアアイには正直げんなりするところがあるが、脅す手間が省けるのはいい。  親父の言葉を用いるまでもなく、余計な殺しなどしないにこしたことはないのだ。       −9−    砦に戻った俺達がまずしたことは、食堂で収穫を広げることだった。  薄汚れた革袋が五つばかり、食堂の無駄に大きいテーブルに鎮座ましましている。中身は金貨で、まあそれなりの量が入っているのだが。 「ふん、情報の割に、しけてるな」  硬貨のつまった袋を前にドナールが仏頂面なのは、前情報がヤケに景気よかったからだ。  ドズル王への献上品をぎっしり積んだ商隊。さぞや金品の山だろうと期待すれば、その実は暗黒司祭の小さなパーティでささやかな路銀だ。随分落差がある。 「本当に暗黒司祭だったのか」  にやついて、ティウツがいった。「上がりをピンハネしてるんじゃあるまいな」 「んなセコい真似するかよ。お前じゃあるまいし」  軽くいなしてやると、ティウツは面白くなさげに鼻を鳴らした。かわいげのないガキだぜ、などと聞こえよがしにほざいている。  バカはほっといて、我らが首領に向き直った。 「ガセを掴まされたんじゃないのか。情報屋の方を洗えよ」 「手前にいわれるまでもねえよ」  忌々しげに、ドナールは舌打ちする。  確か今回の情報元は、ドナール懇意の情報屋。顔を潰された形になる首領殿は相当面白くないようで、不機嫌さを隠そうともしない。  革袋の中身をちゃりちゃりと数えていた男が、その手を止め顔を上げた。 「金貨が五千枚だ」 「五千――」しばし考え込んで、親父。「旅の司祭が持つには大金だな」  憮然として、首を捻る。 「あん? ガレス、どういうことだ」   ――大方人買いの代金だろう。  拾い上げた革袋のずしりとした重さをして、そう吐き捨てたクリューゲ。  悪名高き、ロプト教団の子供狩り。  クリューゲは騎士時代の話を全くしないが、お喋りな事情通によると騎士を辞める羽目になった切欠は暗黒教団がらみのいざこざだったらしい。詳しい事情は判らないが円満退団とはいい難い状況で、その辺りの感情は未だ整理し切れていないのだろう。フリージや暗黒教団が絡むと、仏頂面に磨きがかかる。  おかげで砦に戻る道中は、空気がやたら重かった。普段から無口な奴だが、硬い表情で黙り決め込まれると妙に存在感があって困る。  親父は、一介の坊主が持つには大きすぎる額面に、なにかワケアリの金かも知れないから注意を怠るなと、そんなことをドナールに話している。  ひょっとして、嵌められたのかも知れない。誰に、なんのためかはわからないが。深読みしてそんなところにまで気を回す親父は、相変わらず慎重で心配性だ。  そうしてそれを生返事で聞くドナールの、その顔には。煩いと奴だと、そんな不満がありありと書いてあった。        食堂を出て暫く、唐突に思い出す。  あの赤い石。懐に入れたまま、すっかりその存在を忘れていた。  懐に手を入れる。こつんと当たる感触。  後から見つけられネコババしたのとぐだぐだ因縁付けられるのは阿呆らしい。ドナールはそんなケチくさい奴ではないが、こっちを目の敵にするバカがいる以上僅かばかりも隙を見せるのは得策ではない。  痛くない腹探られて諍い即流血沙汰ってのもあり得ない話ではないのだ。ことあるごとに仕掛けられる揶揄や挑発、敵意には、いい加減うんざりしている。キレる日は近い。俺が。  面倒だが、仕方ない。 「どうした、リーフ」  立ち止まった俺に、親父は怪訝そうな顔で振り返る。 「ちょっと忘れモンだ。先行っててくれ」  そうか、と頷く親父に肩を竦めて見せ、俺は踵を返してドナールの私室に向かった。       「ドナールさんは、いつまであの小僧をのさばらせておくつもりなんです」  ドナールの部屋の前にたった俺の耳に入ってきたのは、なんというか核心だった。  言葉こそ丁寧ながら――ドナールにタメ口をたたく者は俺と親父とアアイくらいのものなのだ――恫喝めいた声音と口調。俺には既に耳障りの域にまで達しているティウツの声は木製の薄い扉越しにややくぐもって、しかし意味ははっきりと取れる状態で聞こえてくる。 「なんのことだ」 「リーフですよ。あの態度にあの口のききよう。あんなふざけた態度取られて、よく許してますね」 「そんな目くじら立てるようなモンじゃねえだろ。リーフが生意気なんてこたぁ昔からだ。今更お前にいわれるまでもねぇよ」  生意気で悪かったな。 「それだ。そうやって甘いこといってるから……」  思わせぶりにいい淀み、 「知ってますか、ドナールさん。下のヤツらぁ、リーフがあんたの跡目だっていってますよ」  予想し得ない単語に、俺は面食らう。跡目? ――は。なんだそりゃ。 「跡目だぁ? そりゃ随分、気の早ぇはなしだな」  そうとも。ドナールは年を取ったといっても六〇には手は届いていないし、まだまだ元気な親爺だ。跡目を考えるなんざ、早すぎる。  大体。そもそも跡目云々が問題になる程の「組織」じゃないだろう。俺達ははぐれ者が好き勝手に寄せ集まった、それだけのものなのだ。笑わせる。 「はあ、わかってませんね、ドナールさん」  呆れたように、それは随分芝居かかった呆れ具合なのだが、ティウツは続ける。扉越しで見えないのが残念だが、おそらく大仰に肩を竦めていることだろう。 「リーフの野郎が跡目といわれてるってことは、アンタよりガレスが重く見られてるってことですよ。なにしろリーフは、ガレスの息子なんですからね。アンタはなめられてるってこってす」  随分な飛躍だ。 「あの舐めくさった態度見てりゃ誰でもそう思いますよ。いずれあんたを追い出して、ここを乗っ取っちまおうって腹に違いないんだ」  ――!  カッと、頭に血が上った。流石に、これは、黙っているわけにはいかない。  俺は、衝動的に扉に手をかける。  部屋に乗り込み、ティウツと話をつける、必要なら、殺す。瞬時にそこまで検討し決断した。  しかし。   「――ティウツ、黙れよ」    冷えたドナールの声に、俺の行動は止まった。 「な、ドナールさん」  いきなりの態度の豹変に、ティウツが狼狽え慌てた声をあげる。  それを遮るように、確固たる口調で、ドナールはいった。 「世迷い言ぬかしてんじゃねえよ。新参の手前は知らねえだろうがな、俺とガレスの付き合いの長さは伊達じゃねえんだ。あいつが俺を裏切る真似をするなんて天地がひっくり返ったってあり得ねえって。それは俺が一番よく知ってる。  それにな、リーフは俺にとっても息子みてぇなモンだ。砦の連中が俺の後釜をリーフだと思ったって別に不思議はねぇんだよ。もっとも、俺はまだまだ引退なんざしねぇがな」  ――沁みた。  俺は静かに、その場を離れ。  鼻歌を歌いながら、再び扉の前に戻った。  ごん、と扉をひと蹴りし、 「ドナール。いいか?」  そういって、返事が来る前に扉を開けた。それが、いつのも流儀なのだ。  ティウツが、俺に剣呑な目つきを向ける。 「なんだティウツ、まだいたのか」 「いちゃ悪いかよ」 「別に。ティウツさんがいつなにをしてらっしゃろうと俺の知ったこっちゃねぇですよ。お取り込み中でしたか、それは申し訳ございません」  慇懃無礼に一礼。ティウツは忌々しげに鼻を鳴らす。 「おうお前ら、そんくらいでやめとけ。ティウツの用はもう済んだ。で、リーフはなんの用だ」  もう済んだ、のくだりで、ティウツは俺に背を向ける。「それじゃドナールさん、俺はこれで」、取って付けたようにそういって、退室。  ぱたん、と扉が閉まる。  それを見届け、わざとらしく肩を竦めて見せた。 「ったく、」  ドナールが呆れたようにそう漏らす。  壁際に置かれた椅子を引っ張り、ドナールの前に腰掛けた。懐に手を入れ、赤い石二つを取り出す。手の平のそれは、部屋の灯りを反射してきらりと光った。 「なんだそりゃ」  怪訝そうにドナールはそれを取り上げた。ためつすがめつし、しばし瞠目、それから俺の手にそれを戻す。 「石榴石だな。その大きさではたいした価値はねえ。それが?」 「ああ。さっきのヤツの、収穫の一部だ。宝石なら結構な価値があるかと思って確保しといて、懐にしまったまま忘れてた」 「そうか。ふん、残念ながら換金するほどのモンじゃねえな。お前の目もまだまだだな」 「ほっとけ」  この年で鑑定眼に優れてる方が怖えよ。 「まあいい、それはお前がもらっとけ」 「俺が? 俺がこんなモンもらってどうすんだよ」  宝石で飾り立てる趣味などなく、さりとて価値がないのではただの保険として所持しておくのも阿呆らしい。  そんな俺を見て、ドナールは呆れたような、そうして面白がるような表情を浮かべた。生意気いってもまだまだガキだな、そういって笑う。 「お前、宝石の使い道は女にやるに決まってるだろ」  ――まあ、表情からそんなことだろうとは読めたけどな。  ああ全く、下世話なオヤジだ。実のところこういったからかい耐性は低い――ぶっちゃけ場数なんぞ踏んでないし慣れてもいない俺は、うるせえ、要らねえことに気ぃ回してんじゃねえよ、仏頂面でそう返す。  しかし、ドナールは聞いちゃいない。いっそうにやにや笑いを深め、俺の肩などをぽんぽん叩き。  丁度二個だし、耳飾りに加工してやるといい。なんなら腕のいい職人紹介するぜ。  そんなアドバイスまでくれる。 「知るか!」  結局それだけいい捨てて、ドナールの私室を後にする俺だった。  ああもう、なにしに行ったんだか。       −10−    ところでティウツがどうしてあそこまで俺を――というより親父を目の敵にするのか、正直その理由は見当つかない。いや、想像はつくのだ。けれど、確信が持てない。  この砦に集う者の中の次席である、そんなチンケな地位に成り代わりたい。そういった単純な出世欲だとしたら、それはあまりに矮小で笑えもしない。  或いは、俺や、親父や、アアイなんかがなにかしただろうかと。心当たりを思案したことはある。思い当たりそうな節が多すぎて――しかも極くだらない――すぐに止めた。悪意のあるなしに関わらず、洒落になるならないに関わらず、諍いなど日常茶飯事なのだ。そして、悪ふざけにねちねち目くじら立てしつこく恨みに思うようなら、そんな狭量で極小な神経なら盗賊家業なんぞ辞めた方がいい。頭に来たらその場で殴る。それが出来ないなら忘れる。或いは気の利いた悪ふざけで返す。それが礼儀であり流儀ってもんだ。  ティウツは結局、俺が想像する以上にケチなヤツなのかも知れないし、理由は些細なことひとつきりであったり全ての積み重ねかも知れない。  考えても答えなど出るわけもなく。  ああ、なんだか酷く、馬鹿馬鹿しくなってきたな。    いい加減夜も遅い。  思考を振り払う。  途中食堂の前を通ると、アアイ達がたむろしているのが見えた。  セマが、アアイとクリューゲに両脇を固められ、引きつった顔でグラスを、表面張力に耐える琥珀色の液体をじっと見つめている。 「一気に行くと死ぬぞ」  あまりの悲壮感にそう忠告してやると、ぎょっとしたように振り返った。手元の強ばりに支えられグラスの中身が全くこぼれないのは、幸いなのか不幸なのか。 「まあがんばれ」  無責任にそれだけいい残し、今日は退散することにした。バカ騒ぎする気分ではないので。 「はいはいはいなんちゃって救いの手退場ー!」  出来上がってようが素面だろうがテンションの変わらないアアイの意味不明の言葉と馬鹿笑いが、俺の背に聞こえた。         自室に戻る。  ベッドに腰掛けて、ティニーが本を読んでいた。  それが、俺に気づき顔を上げる。  おかえりなさい、と。そういって、ぱたん、と本を閉じた。  俺はなんとなく気が抜けて。ああ、と間の抜けた言葉を返す。  しかし本など一体どこから持ってきたのだろう。大方、セマに借りたのだろうが、赤褐色の皮の表紙になんとなく見覚えがある。  タイトルに何気なく目を向ける。  「イード哀歌」、と読めた。  ……昔。といっても、ほんの一五、六年前。マンスター地方のどっかの王子が、妻と共にイードの砂漠を渡り、そして敵国の不意打ちをくらって散った。  偽装もなにもなく馬で行軍し、からり開けた荒野で待ち伏せに会う、なんて間の抜けた話だろう。  けれど、砂漠を渡ろうとした理由が親友を助けるためだったということ、そして最期まで共にあったという妻との夫婦愛は大いにうけ、吟遊詩人どもがこぞって取り上げた。グランベルの一公爵家であったというフリージの、現在支配下にあるマンスター人には抵抗の象徴として受け止められた。  それを、脚色を加え物語風に書き下し製本した物、そのタイトルが「イード哀歌」だ。  ちなみになぜそんなことを俺が知っているのかというと、前述を懇切丁寧に解説された後に、読めと命令形で親父から手渡されたことがあったからである。  つまりあれは親父の本で、経緯は全く読めないがティニーに貸したのもおそらく親父なのだろう。  ――いつの間にか、ティニーは自分の居場所を砦内に確立している。  俺が留守にしている間、面倒は頼まなくてもセマが見るだろうし、わりあいぼんやりしているので一人でも大丈夫だろうと。そう思って、特に心配はしていなかったのだが。  俺の想像以上に、平気だったようだ。  感心した。  俺は、ティニーをそのうち――砦の者達がティニーの件を気にも留めなくなった頃にでも、アルスター辺りで放逐しようと思っている。そしてそれは、興味の対象が忙しなく移っていく環境にあってはそう遠い日ではない。  遠い日ではないのだが、しかし張り詰めて日々を過ごすのは少女には酷だろうと。そんな不安があった。  杞憂か。彼女は前向きに事態を受け入れている。ぼんやりと儚い雰囲気はそのままに、静かに笑い、皆に馴染んでいる。  それを善し悪しで計るなら、おそらくは悪いのだろう。けれど。    俺は長椅子に腰掛け、丸まった掛布を引き延ばした。 「俺はもう寝る。お前も、適当なとこで切り上げて寝ろよ」  そういって、横になる。  いい加減疲れていたし――アアイとクリューゲも疲れているはずなのだが、あいつらは頑丈だよな――単純に、眠いのだ。  ところが。ティニーはきょとんと首を傾げ。  そして、とんでもないことをいった。 「リーフさん、あの、寝台でお休みになって下さい」 「――は?」  眠気で淀んだ頭が一気に覚醒する。彼女の言葉が頭の中で繰り返し流れた。寝台でお休みになって下さい。寝台で。今彼女が腰掛けている、上等とはいえない、けど清潔なシーツの敷かれた、長椅子よりはましな寝心地の。  ゆっくり身を起こす。胸元まで引いていた掛布が、腰の辺りに落ちた。 「あー、えーと、なんだ、その、な」  俺の口からこぼれる言葉は全く意味を為さない。ティニーは「はい?」と不思議そうに、ほんとうに不思議そうに首の傾斜を深める。  彼女は、自分がいったことがどういう意味に取られかねないか、わかっているのだろうか。――いや、わかっていないはずはない。深窓の令嬢といえど、一五は嫁いでも不思議はない年だ。心構えの一つや二つ、教育されていない方がおかしい。  親父、いや、ドナールになにかいわれたのだろうか。例えば。砦に於いて命綱であるリーフを末永く繋ぎ止めるためには肉体関係の一つも持っておかなければならない、などと。いかにもあのオッサンがいいそうなことで、その様子が容易に想像できてうんざりする。  俺も、健全な、青少年なので、けど、この据え膳は。 「あの、お疲れですよね。戻られたばかりで。わたしが長椅子の方で眠りますから、どうかリーフさんは、寝台でお休みに――」  ――ああクソ、こういうオチかよ。    自分よりか弱い少女の寝台を譲るという提案におめおめ従えるわけもなく。  いい、気にするな、別に疲れているわけじゃない。俺はそういって、長椅子の上の枕を改めて整える。  しかしティニーは、食い下がった。いつになく強情に。 「いいえ、わたしこそ、長椅子で平気です。これはリーフさんの寝台なのだから、リーフさんがこっちで眠って下さい」 「いやだからな、」  なんといったものやら。 「リーフさん、わたしがここに来てからずっと長椅子でお休みになってます。そんなんじゃ、体を壊してしまいます」  そんなんで体を壊すほどヤワではない。これで、食堂の床で寝たこともあるなど告げたら、彼女はどんな顔をするのだろう。  それにしても、困った。彼女は引き下がりそうにないが、女を長椅子に追い出し寝台に温まるなど俺の矜持が許さない。  仕方ない。  掛布を除け、俺は長椅子から立ち上がった。 「わかった、ちゃんと寝台に寝る」  彼女はホッとしたように笑い、腰を浮かせる。それを、俺は制した。 「いや、お前はそこで寝ていろ。アアイ達の部屋が空いているから、俺はそっちで寝るよ。それでいいだろ」  あいつらは一晩中飲んでるだろうし、戻ってきたとしても床に寝せてやればいい。我ながら素晴らしい代案。  ところが。  部屋を出かけた俺の腕に、彼女はしがみついてきた。  ――って、ええ。  混乱しつつ、ティニーに目を向ける。  彼女は縋るような、そして怯えた目で、俺を見上げた。  それで、わかった。  脳天気に馴染みきっていたと。俺が留守中も、こともなく過ごしていたと思っていたが。  その実彼女は、怖かったのだ。独りで。いることが。       −11−    俺が生まれる数年前から、世界は焦臭かった。  至る所でなにかが起こり、至る所で人が死んだ。  そして事件は起こる。  公式にはこうだ。グランベル皇帝の命を狙う反逆者がヴェルダンからシレジアへ逃亡を重ねた挙げ句グランベル本国へ侵攻、グランベル側は和平の名目で彼らをおびき寄せ、バーハラにて一網打尽にした、と。  しかし、民衆に流布した物語は、喧伝されたそれとは全く逆の趣となる。ただただ善良であったが為に、奸計に落ちた悲劇の英雄達と。  大体世の常として、厳しい施政者は愛されない。圧制を敷き、人々を威圧して唯々諾々と従うことのみを許す。そんな支配者は、往々にして恨まれ厭われ、憎まれる。  中央から隔絶された僻地のここにいてさえ伝わってくる施政者連中の悪辣さを信じるならば、かの話はそんな自明の理から成り立ったといえる。つまり、「悲劇の主人公」贔屓も相当に過ぎているのだろうな、と。    まあ、以上は、昔俺に読み書きを教えてくれた爺さんの受け売りだ。  あの頃既によいよいで今はもうくたばっちまっているだろう爺さんは、思えば妙に学があった。読み書きと、おまけに魔術について教えに来ていただけだったはずが、一介の盗賊が知るには過ぎた蘊蓄をしょっちゅう俺に話し――兵法や政治や歴史や、知ってて損はないのだろうが、役立つ機会など永久に訪れまいに――二言目には考えろ、三言目には想像しろといった。  かわいげがなくなっていけねぇや、ドナールはそういって顔を顰めたが、学があって困るこたぁねえさ、と親父は歓迎した。力ずくで全てが収まるわけじゃない、頭を使え、それは親父の口癖のようなものだった。  おかげで俺はかわいげのない生意気なガキになり、魔導書も読めるし杖も使えると器用貧乏に成長した。まあ、手数が多いにこしたことはない、喜ぶべきなのだろう。    読み書きを覚え終えた頃、親父にあの本を渡された。  感傷的な仕立てが俺にはかなり苦痛だっし、なぜだか妙に腹が立った。寄越した親父には、ああうん、などと言葉を濁したが、爺さんには忌憚なき感想をぶちまけた。  綺麗事に焦点が合い悲運の一言で済まされていたが、あれは主人公が馬鹿なだけだろう。主力を飛竜とする国と事を構えている情勢下、その行動は軽はずみにも程がある。敵役が卑怯なんじゃない、やられる方が間抜けなのだ。  腹立つままに言葉を吐き散らす俺に、爺さんがいった台詞は不思議だった。 ――ならば、お前は同じ轍を踏むなよ。        イードで散った悲劇の主が助けようとした親友、それはバーハラで一網打尽にあった件の主人公だそうだ。  わたしの両親は、その件の主人公に従う者たちなんです。  そういって笑ったティニーは、辛そうであり、しかし、嬉しそうでもあった。       −12−    皆出払っていて、静かな一日だった。  ドナール、親父、ランドックの親爺トリオはダーナへ。最近渋りがちな故買屋へ、ちょっと茶を飲みに行くのだそうだ。やれやれ気が重いぜ、とぼやきながら。  ティウツは先日イザークへ行って、まだ戻って来ない。  アアイ達は今朝起きたときにはすでにもぬけの殻だった。一緒か別行動かはわからないが、揃って消えるのは珍しい。一人一人が別個に消えるのはしょっちゅうなのだが。――そんな状況にあってよくセマは逃げ出さないよな、と少し思ったり。まあ、そんな気概があるなら、そもそも唯々諾々と捕らわれてなど来ないか。  名前も良く覚えていない下っ端や、名前しか知らない下っ端や、名前以外も知っているが余り親しくはない下っ端や、そんな者達はちらほらいるようだが。それぞれがそれぞれの用事をそれぞれの場所でこなしていることだろう。  取り敢えず。サーヴ砦の裏手、砦の建つ岩山に遮られ砂風が届かないため土色より緑の濃い荒野は、現在のところ俺達以外は無人だった。  砦より少し、南に下ると海に出る。海岸線は切り立った崖で、普段降りることはない。  崖下には所々小さな砂浜があって、そこへ降りるために崖に拵えられた階段、といっても、足や手をかけるための窪みを掘っただけという空恐ろしい代物だが、そんなものは確かに存在する。昔この辺りに住んでいた漁師が、使用していたものだという。少し朽ちて危険なそれを、利用する者は今はいない。 「ぎにゃ」  見てくれに似合わず可愛らしい声をあげ、巨体を左右に揺らしてダナエがてこてこ歩いている。  俺とティニーが、その後ろに連なっていた。  まるで水鳥の親子だ。 「ダナエさんは、飛ばないんですか」 「飛ぶよ。余り速くないし、高くないし、高台か開けた場所でないと飛び立てないけど」  他愛ないティニーの疑問に。いつになく饒舌に、俺は答える。  飛竜の飛行は、主に滑空だ。  ここからマンスター方面へ向かうとき、陸路ではかなり大外回りだが海路からレンスターに上陸すると大幅な短縮になる。それを検討したことがあって、崖の状況をだいぶ調査した。  崖下に容易に降りられる方法があれば。ひょいと、飛び降りるくらいに。  仕舞いにそんな結論に達したとき。  俺は、そして皆も、ダナエを思い浮かべた。ダナエが俺達を砂浜に運んでくれればいい。ひゅーっと、空を駆って。なんて簡単なこと。  しかし次の瞬間。全員一丸となって、却下した。  俺達の頭に思い浮かんだダナエは、空を飛んでいた。流れるように、滑るように。  そう、滑空。  ダナエは砦の岩山から、飛び降りて風に乗る。あるいは、荒野をはたはたと駆けて、流れる空気に羽を乗せる。  多少は、翼を羽ばたかせ滞空することも出来るようだ。けれど、飛び立つその瞬間、羽ばたきにはなんの意味もなく。強い脚での跳躍も、風に乗るには弱すぎる。  崖下の砂浜は。駆けるにはどう見ても心許なかった。  砂浜の先には大海原が広がっているわけだが。ダナエが水鳥のように海面を駆ける姿はどうも想像しにくい。そして、可能かどうか試すには、リスクが大き過ぎる。  万が一失敗したら。  ダナエを崖下に置き去りという選択は存在しない。すると、選択肢は二つ。  ダナエに綱を結びつけ引っ張り上げるか、担いで崖を登るか。  滑稽だ。というか無理だ。自分の身ですら危ういというのに、ダナエを、この巨大な竜を崖上まで持ち上げるなど、出来るわけはない。  そして思い出す。俺達が検討していたのは、航路の有効利用についてではなく、「近道」についてであったことを。空路を行けばいいじゃないか。なにしろダナエは、目視できる程度の対岸なら一飛びのトラキア飛竜なのだ。  ダナエがよちよち歩く姿を見て思い出した、今となっては笑い話のそれを、歩きながらつらつら話した。 「海ですか」  ティニーが興味深そうに口元を綻ばせる。  といっても俺達は、海に向かっているわけではない。海までは、少し南といっても徒歩ならば結構な距離で、それが目的地というのはなかなか過酷な散歩だろう。  陽気がよく暇だったので。近場を見聞がてら、俺達は散歩をしているのだ。あてどなく、ダナエの向くままに。  先導を取るダナエは、俺達の話に自分の名前が出るたび、ぴくりと尻尾を上げる。悪口いったら尻尾で吹っ飛ばすぞ。そんな意志表明らしい。まあ、それを通訳したのはアアイで、しかもセマをからかうという状況だったので、かなり眉唾なのだが。 「それでは、ダナエさんに乗ってレンスターに渡ってるんですか」 「いや。いざ乗ろうという段になって、皆馬にすら乗れないことに気付いてな」  正規軍の軍馬と違って、盗賊風情の常用する馬は割合小型だ。鞍の位置が俺の目線を越えることはない。それでさえ、慣れないうちはかなりの恐怖だ。それが更に大きい竜で、しかも空を飛ぶのだ。落馬ならぬ落竜したときの恐怖と被害は、馬のそれとは比較にならない。びびって逃げ出しても、無理はないだろう。 「結局、余程の急ぎでない限り陸路をとってるよ」  そして、余程の急ぎというのは、まあ滅多にない。 「じゃあダナエさんに乗る方はいないんですか」  なぜか、がっかり、といわんばかりの口調のティニー。 「いや、俺と、アアイとクリューゲは乗ってる。あと、身軽な連中が遊んでるのを見たことがあるな」  俺は物心ついた頃には身近にダナエがいたので、今更恐怖心もなにもない。  クリューゲは元々騎士でそれこそ軍馬に乗っていた身だし、アアイは曰く、イザークでは靴を履くより先に馬に乗るのよ、とのこと。オムツも取れない女の子が裸馬に乗って駆け回る土地柄竜如き怖がってどうするよ、と豪語する剣士と槍騎士コンビが、緊急時の竜乗要員ということになっている。  成る程、と頷くティニー。  それがダナエに目を向け、少し首を傾げ、それから俺を見上げた。  あ、ちょっと嫌な予感。 「あの、リーフさん」  立ち止まって俺を見据え、ティニーはいった。 「わたしにも乗れるでしょうか、ダナエさんに」  遠慮がちな口調で、おずおずと。  ――けれど、なんとなく気圧されて。こっくり頷いてしまった俺も、大概暇でお人好しだ。       −13−    結局過酷な散歩を敢行する羽目になった俺は、俺より明らかに劣る体力を気力で克服したのかそれともどこかが壊れたのか、異様に元気且つ笑顔のティニーと、こちらは久しぶりにのびのび運動できてご機嫌のダナエに引きずられ、擦り傷切り傷生傷を大量に拵えて砦に帰った。  かすれた雲くらいしかない晴れた空が、沈みかけた日に赤く染まっている。気温はそれ程上がらず涼しい風もそよいだが、アツい一日だった。いろいろと。 「ダナエさん、今日はありがとうございました」  ティニーが深々頭を下げる。  ほんとうに、面白い女だこと。 「ぎゃお、うるる、にゃぎゃ」  それに応え、ダナエは歌う様に一吼えする。  鼻歌の一つも聞こえそうな様子で馬屋へ帰っていく巨体を見送った後、俺は、はふ、と溜め息を一つ吐いた。  どうかしましたか、とティニーが俺を見上げる。頬に、擦り傷が赤々と。  痛くないのだろうか。 「……お前さ、」  いいかけて、止めた。  そろそろセマは帰っている頃だろう。ごちゃごちゃいうより先に、探して治療してもらった方がいい。――俺はともかく、ティニーは。なまじ白く滑らかな肌なので。見ていられないのだ。痛々しい、擦り傷を。  藤色の後頭部にぽんと手を当てる。 「セマんトコに行こうぜ。茶でも入れてもらって、一服しよう」  はい、とティニーは頷いた。       「わ、わ、わ、リーフさんがついていながら女の子に顔を傷の」 「うるさい落ち着けとっとと治療しろ」  出迎えざまいきなり慌てふためいたバカを無理矢理私室に押し込み、杖を拾い手に握らせついでに一発殴る。  小綺麗に片付いたセマの部屋は、元は砦に在住したと思われる者――恐らく婦人の寝室に付属した広めの衣装庫で、倉庫と化した元寝室を経由する愉快な造りなのだが、そこを訪ねるとセマはすでに在室し、のんびり書き物などしていた。  それが、俺を、というかティニーの顔を見るや前述だ。 「あの、わたし、大丈夫ですから」  当の本人が過剰に恐縮すると、俺にはまだ文句をいい足りなさそうな表情を向けたものの、ティニーに椅子を勧めその前に立って、杖を掲げる。   「癒しの光を」    呪文。力を解放するための「合言葉」。  魔導書や杖は、魔法を使うための媒介であり施術士が己に付けた枷だという。媒介なくして魔力を振るう者は、始終魔力を放出させ衰弱したり、力を暴走させ破壊活動に至ったり、となかなか大変な目に遭う。媒介なくして魔力を操れる者も稀にいるらしいのだが、それは余程の天才か、或いは化け物だ。  どちらでもない普通の術士のセマは、癒しの杖の合言葉にごく平凡な文句を設定していた。いかにもセマらしい。ちなみに「合言葉」には特に制限はなく、施術士本人が自分の好みで、媒介と己に条件付ける。まあ大抵はセマのように、わかりやすくそれらしい呪文を設定するものだが、「麦麦踏み踏み」など珍妙な言葉を設定するのを好む愉快な先輩がいた、などいつかセマは話していた。その先輩にはぜひ会ってみたい気がする。    ほんのり光に包まれ、ティニーの頬から傷が消える。  ほう、と息を吐いたのは誰だったのか。 「ありがとうございます、セマさん」  ティニーは深々頭を下げた。いちいち律儀な女だ。ほんとうに、面白い。   「それで、リーフさん」  ティニーの感謝の意には「大したことじゃないですよ」などとにやけていたくせに、俺に向き直ったその顔は珍しくも顰め面だった。 「一体なにやってたんですか。顔だけじゃなくて、あちこち傷だらけで、ってリーフさんも傷だらけじゃないですかホントにもー」  たまにこいつには嘗められてる気がするのは、果たして気のせいなのかな。 「散歩」  別に隠すことではないが、なんとなく性分ではぐらかした。  当たり前だが、セマは納得しない。 「どんな散歩するとそんな怪我するっていうんです」 「ダナエさんに乗せてもらったんです」  ティニーがあっさりばらした。まあ、「ばらした」という自覚は皆無なのだろうが。なぜだか、嬉しそうに笑っている。  肩を竦めセマに目を戻すと。セマは、ぽかん、と口を開けていた。 「それで、ちょっと歩いて頂きました」  セマの様子に気を留めることなく、ティニーは続ける。 「ただ、鞍も轡も手綱もなかったので、ちょっと滑ってしまって」  乗竜なんて全く想定していなかったし、取りに戻るには大儀な距離にいた。それで、まあ、裸馬ならぬ裸竜に乗ったのだ。流石に鞍なしで走る飛ぶをこなす自信はなかったので、ゆっくり歩くようダナエに頼んだのだが。 「ゆっくり歩いても、随分揺れるんですよね。それでずるずるーっと落ちそうになって。リーフさんが掴んでくれなかったらちょっと危なかったです」  とっさに掴んだはいいものの俺も一緒に落ちそうになった、なんてのはいわなくていいことだ。  ただ、そのときティニーは頬を擦りつけてしまった。ダナエの鱗に。 「な、な、な」  やっとセマが我に返り、口を開く。 「な?」 「なに呑気なこといってるんですかー!」  珍しく、セマが爆発した。        ずぞ、とお茶を啜りながら。俺はセマの説教を聞き流していた。  たまの「聞いてるんですかリーフさん!」の確認には適当に相槌を打って。  別にこいつに説教される謂われはないし、腕力に訴えればたちまち黙らせることは出来る。けれど実のところ。余程虫の居所が悪くない限り、けんけんいわれるのは俺は嫌いではない。鬱陶しいと思う気持ちと同量の、嬉しいと思う気持ちがある。結局俺はまだガキで、甘えたなのだ。認めてしまうと情けなく気恥ずかしいのだが。  セマの説教はまだ続いている。さすが坊主、説法でならすだけのことはある。そういや神学校には弁術や発声術という科目があるとの怪情報を聞いたことがあったが。成る程真実かもしれない。セマが神学校出身かどうかは知らないが。  ティニーは、神妙な顔をしてセマの話を聞いていた。概ね前後運動の首振り人形だが、時折小首を傾け反論を挟んだりしている。おずおずと。相手を伺いながら。  ――伺いながら?  引っかかった。  セマは反論されると、その主張を最後まで聞き、そして穏やかに諭す。或いは、そういう意見もあるんですねと、あっさり主張を引っ込める。  そのたびティニーの目に浮かぶのは、安堵の色だ。    ひどく、不快感を覚えた。  ティニーは怯えている。自覚なく。――一体、なにに。    と。  ドアノブが、くるりと回るのが目の端に入った。  ノックの一つもなく、かちゃりと開かれる。 「やっぱりここにいたのねー。ティウツがねえ、性懲りもなく儲け話持ってきたんだよ。茶々入れに行かない?」  今帰ってきたばかりなのだろう、外出用の上着を半脱ぎにしたアアイが、部屋に入って来ざま、そんなことをいった。       −14−    イザークとダーナの間には不毛の荒野が横たわる。  イードの砂漠、あるいは魔の砂漠とも呼ばれるそれは、日中は灼熱に、夜は極寒に晒される過酷な大地だ。  しかしそれでも、人は街道を造り、砂漠を渡る。所々にある小さなオアシスを繋ぐそれはとてもか細い糸だが、人を潤し益を生む黄金の糸でもある。   特殊な環境にあっては特殊な生業が成立するわけで、それはイード砂漠でも例外ではない。  街道の案内人。  イード砂漠では、そんな職種が存在し且つ採算がとれる。それだけ砂漠を渡るという行為は危険困難が伴うということであり、実際不用意に砂漠へ向かった者の末路は例外なく屍だ。  砂漠の案内人達は、その職業的性格から政治上は完全中立だ。どの勢力にも与せず、どの勢力とも敵対しない。帝国といえど、彼らの自由意志に介入することは不可能だろう。飛竜や天馬を多く所有するトラキアやシレジアならともかく、移動手段が馬あるいは徒歩しかない帝国圏において、彼らの機嫌を損ねるのが賢いやり方ではないことくらい誰にでもわかる。帝国本土に砂漠越しの用がなくてもミレトス辺りの商人どもの恨みを買うことは請け合いだし、本国と分断されることになるドズルも黙っちゃいない。  ところでこのルートを採ることには一つ大きな難点がある。つまり、これは正攻法であり、公の行動になってしまうということである。そして砂漠の案内人達は、主に己達の保身のために、表向き後ろ暗いことには手を貸さず手を出さない。  では、隠密行動をとる者はどうするか。  簡単だ。物事にはかならず裏技というものがあり、裏道というものが存在する。    海岸沿いの森。砂漠よりも緩い環境ながら、ほぼ直線を取れる砂漠ルートより距離にして倍ほどかかり、木々の半端な密さから大人数や大荷物での移動には激しく向かない、隊の構成によって困難にも簡易にもなる迂回ルート。  そこで俺達は、現在待機中だった。        話は数日遡る。    サーヴの砦内、会議室。広めの部屋に大きめのテーブルと多めの椅子を用意した、ただそれだけの部屋。  そこに、砦の主立った面々が集まっていた。  広げた地図に両手をついて立っているティウツ、椅子にふんぞり返ったドナール、渋面で腕を組んだ親父。  そんなおっさんどもからやや距離を置いて座っているクリューゲの隣りに、俺とアアイは椅子を引く。  どうしたの親父さん不機嫌そうねえ、茶化したように、それでも小声でいったアアイに。「教団」がらみだとさ、と簡潔に答えるクリューゲ。  穏やかだった一日をぶち壊すような雰囲気の中、口を止めたティウツは俺達に一瞬険しい視線を向け、それから再び、口を開く。    ――ドズル王国内のロプト司祭が、「献上品」をダーナへ運送する。    その、「献上品」の運送先を、サーヴの砦に変更してやろうじゃねぇかと、まあそういう話だった。  ドズル王国からシレジアを除く諸外国へ至るにダーナを中継することは必須で、その領主の機嫌を取っておくことは様々な意味で有効だ。だから、ドズル在住者がダーナへ献上品を送るのは充分あり得る話。    疑問も異論もなく話は進み。  全て説明し終えたティウツと入れ替わるように、立ち上がったのは、親父だった。  その後、まあ非常に予想通りの一悶着が起こる。暗黒司祭の存在に自分が出るといった親父と、手柄を横取りする気かと穿ったティウツの間で。  親父は親父で暗黒教団に対する敵意と執念が薄ら寒いし、ティウツはティウツで手柄のなんのとくだらない。実利が幾らあるか、重要なのはそれだけで、誰がなにを為したなどどうでもいいことだろうに。  結局、ドナールの鶴の一声で、この仕事は親父が執ることになる。  ティウツは相当ふてくされたものの。有効な情報をもたらしたことについて労われ、ドジ踏んで俺の情報台無しにすんじゃねえぞ、など憎まれ口を叩きながら、会議が終わる頃にはすっかり機嫌を直していた。単純な奴。        そういうわけで準備万端人選に吟味をかけ、こうして待ち伏せをしている現在の俺達である。  献上品の運送に森ルートが採られるというのは、彼らの行為が公的ではないということからの予想だが、一応ウラはとってある。実働に参加しない分裏方で働くということか、ティウツがいつになく張り切り、情報収集に力を注いだのだ。  まあ、元が自分が持ってきた話であるし、献上品の横取りによって得られる旨みの前には親父との確執など然したるものではないのだろう。    斥候に出た者はまだ戻ってこない。  情報によれば、昼過ぎ頃に俺達がいる地点を通過するはずで、現在日はまだ中天より東に寄っている。つまり、予定通りということだ。  俺は緑濃い樹木の幹にべったり凭れながら、ぐるり辺りを見回した。  森の中、獣道よりはましな程度の小道をやや外れた木々の中に、俺達は身を潜めている。獲物が少人数で行動しているであろう事と、場所柄から鑑みて、俺達もそれ程多数ではない。まあ、俺達が大人数で動くことは滅多にないのだが。  ランドックとクリューゲが小声で話している。槍術は障害物の多い場所では厳しいとか、潤いとはほど遠い話題だ。確かに、この商売を長く続ける気なら。クリューゲは槍以外の武器を修得すべきかも知れない。あいつの技術は、開けた屋外で、しかも馬上で振るわれることが前提だったのだから。まあ、自分なりに試行錯誤しているようだし、俺が気にするまでもなく考えているだろう、いろいろと。  アアイは剣を磨いていた。両手持ちの大剣を時折軽々日にかざし、にんまりと笑う。その姿はいかんとも表現しがたい不気味さで、これで剣の腕がなかったらただの変態だよなとふと思う。  他に、傭兵が三人ほどいる。俺達だけで十分だと、そう思ったのだが。ロプトの坊主もバカじゃねぇ、警戒して護衛くらい付けてるのさ、とティウツに説得されりゃ、頷くしかなかったのだろう。少人数で動く身軽さを親父は好むが――そしてそれは俺も同感だが、無碍に断る理由が「好み」では弱すぎるのだ。親父は、余計な軋轢は望んじゃいない。  以上に、親父と俺と斥候のマカリアを加えた総勢九名。マカリアはティウツの部下で、獲物の姿を俺達に知らせたあとは荷物の運搬人員を呼ぶために砦に戻る。それにしたって、森で動くのなら多いくらいの人数だ。  ちなみにセマは、いれば便利なこともあるのだろうが、留守番組だ。荒事の最中は足手まといでしかないし、それに、まあ、なんだ。もう一人、足手まといを置いてきているので。お守りが要るだろう、と、親父がそう気を回してくれた。正直感謝している。    親父は。少し、苛ついているように、見える。 「――なあ、親父」  声をかけると、なんだ、と、不機嫌そうな返事が返ってきた。  なぜ、今この瞬間話しかけようと思ったのか、自分でもよく判らない。まあいい。半端に時間もあることだし、親子の対話といこうか。 「前から聞きたかったんだが」 「ああ」 「暗黒教団を嫌うのはどうしてだ?」   問いながら。  理由なんかねえよ、ただ気に食わねえだけだろ、あんな辛気くせぇ奴ら好きになれって方が無茶だぜ。  そんな、かつてドナールに聞いたときに返ってきた簡素極まりない答えと同等のものを、俺はなぜか、期待していた。  けれど。  一瞬だけ見せた親父の表情は、酷く哀しげだった。けれどそれは、ほんとうに一瞬だったので。確かにそうだったのかどうかは、わからない。 「俺の大事な者は、全てあいつらに奪われた」  淡々と、親父はいった。 「たいせつなもの」  俺は、鸚鵡返しに言葉を発する。  親父は軽く頷き。そして、瞠目した。  たいせつなもの。  それがなになのか、俺は聞けなかった。踏み込んではいけない領域なのだと、そんな風に感じた。  いつか。俺がもう少し大人になって、静かに晩酌なんぞするようにでもなったら。話してくれることも、あるのだろう。  それで。 「そうか」  とだけ返して、親子の対話は終了し。  樹の幹に沿ってずるずると、地面に座り込み、俺は小道に目を戻した。    なぜもっと食い下がらなかったのかと。どうしてもっと、話をしなかったのかと。後に酷く悔やむことになるのを、この時の俺は知らない。       −15−    がさりと。静かに茂みをかき分け、マカリアが帰ってきた。 「護衛が三人。荷物持ちは二人いたが、素人だ。それに坊主が一人。護衛はマントを羽織っていたから確認はできなかったが、徒歩だしそう重装備じゃねぇだろう。まあ、ちょろい仕事ってやつだな。せいぜい頑張んな」  こきこきと首を回しながら、そんな軽口をいう。  あくまで斥候、荒事の面子には入ってないマカリアの、今日の仕事はこれで終わりだ。 「――それじゃ俺は砦に戻るぜ。心配は要らねえだろうし、お宝楽しみにしてるよ」  ひ、とどこか下卑た笑を見せ。  片手をひらひら振って、とっとと砦方面へ消えていく。    程なく。  ざわめきが、近づいてきた。 「どうれ、おっ始めるか」  親父の言葉に。  すいと、俺達は剣を抜く。       「君の生命のお値段は、いくらかな?」  茶化すような、嘲るような口上。  右手に持った大剣の平を肩に乗せ。左手の立てた人差し指を口元に当てるという不気味に可愛らしい仕草で、護衛たちの前にアアイは立ちはだかった。浮かべている表情は、恐らく不適な笑みってやつだろう。  突然現れた俺達に、護衛たちは慌てふためく。しかしそれは一瞬の躊躇で、彼らは即座に剣を抜き、司祭は呪文書を取り出した。さすが只の素人ではない。  ただ、それよりはるかに、俺たちには分があった。先手の上数に勝り、それなりに腕も立つ。圧倒的勝利を収めるのは、時間の問題だ。  ――そうして。  実際その時間は非常に僅かなものだった。  ティウツが付けた傭兵の力を借りるまでもない。アアイとクリューゲがちょっと暴れただけで、全ては終わってしまった。  抵抗らしい抵抗も出来ず、無力化される護衛。ハナから無力な荷物運びの人足。一人しぶとかった司祭も、呪文書を奪われ後ろ手に地面に押さえつけられれば、出来ることはなにもない。  あまりに僅かすぎて剣を振ることすらなかった俺は、手持ち無沙汰に伸びをした。  ランドックが腰の小荷物から縄を取り出し、護衛達を縛り上げるべく近づき。親父は忌々しげに、暗黒司祭に刃物を突きつける。アアイもクリューゲも、あっさり終わってしまった荒事に拍子抜けして構えを完全にといていた。    不意打ちだった。   「――!」  ひやりとした殺気に、発作的に身を落とす。焼け付くような痛みは左肩にずれ、俺はそのまま前方に転がった。立ち上がりざま、振り返る。  反射神経が動物並に発達したアアイが、クリューゲに向けられた剣を己の大剣で受け止め。クリューゲはわずかに身を退いて体勢を整えていた。    三人の傭兵達が、俺達に剣を向けている。    アアイは傭兵の剣をそのまま流し、無理のある体勢のまま手を翻し大剣を打ち付けた。相手はそれを避けるも姿勢を崩す。隙が出来、アアイは後退し傭兵から距離を取る。剣を構えを直し、ちらりと周囲を一瞥した。  クリューゲ、ランドックもそれぞれ再び、槍、斧を手にする。  俺は痛む肩に顔を顰めた。灼けつくようだが、そう深い傷ではなさそうだ。幸い利き手ではないし、俺の得物は片手でもそれなりに扱える。未だ鞘に収まったままだったそれの柄を握り、すらりと抜いた。  親父が司祭を起こす。喉元に刃物を置いたまま、 「……なんのつもりだ」  振り返らず、そういった。  抑えた声音。狼狽えた色はない。  俺達の様子に、傭兵どもは鼻白んだ。しかし、それはほんの一瞬で引っ込む。すぐさま見せるにやついた顔付きは、ことさら余裕を誇示するかのようだ。まだこっちの方が多勢だというのに。   ――まだ?   「親父!」  俺が声をあげるのとそいつらの動きは、同時だった。  人質を取られ固まっていたはずの荷物運びの男が、司祭を後ろから斬りつける。そのまま自ら突っ込む形になって、喉元に刃を埋めた司祭は声もなく絶命した。  それを合図にもう一人の人足がランドックに体当たりをかける。思わぬ方向から衝撃を受けたランドックは、たたらを踏んで転倒は耐えたものの。  その隙に護衛の男達は自由を取り戻し、めいめいが手に武器を持つ。  後方三名、前方四名。完全に、挟まれた。  前方四名は無傷ではないが、重傷を負っている者もいない。――ああそうだ。さっきのあっけなさに合点がいった。手を抜いて、被害を最小限に抑えやがったのだ。この事態を見越して。 「グルってことかよ」  ち、と舌打ちひとつ。  司祭は利用された、哀れで間抜けなただの生け贄だ。ほんとうの狙いは俺達の、恐らく、抹殺なのだろう。獲物を狙う狩人のつもりが、逆だったって事だ。 「どういうつもりだ」  親父が、傭兵達に向き直り、もう一度問う。  三人の傭兵の、真ん中に陣取った者。そいつが恐らく、この場のリーダーなのだろう、一歩前に出てにやりと笑った。 「あんた達が邪魔だって者がいるのさ」  圧倒的優位を信じている者の顔。  ――くだらない。        有り体にいうと、嵌められたってヤツだ。  ずいぶんと尽力してくれて、殊勝な心掛けだと感心していたのだが。ティウツの野郎、しょうもねえ謀り事めぐらしやがる。  下卑たひげ面を思考の刃で切り刻む。  砦の居残り組に害が及んでいないかと一瞬心をよぎったが。砦にはドナールがいる。そうそうバカな真似は出来ないはずだ。    傭兵達は、不利な状況に俺達に泣きが入ることでも期待しているのだろう。嫌な笑みを湛えたまま俺達を睥睨している。  しかし。  はふ、と息を吐いたのはアアイだった。  肩を竦め、一歩前に出る。 「なんだっていいよ。あんたらはわたしらを殺したい。わたしらは殺されたくない。それだけでしょ」  朗らかに、満面の笑顔で、アアイは剣を構え直した。  ――イザークの剣技が凄いのかこれが規格外なのか。アアイの強さは出鱈目だ。片手ほどの数差では、枷にすらならない。  アアイの声に不穏な喜色を見た俺は、すいと身を翻し四人の方に向きを変えた。見ればクリューゲも同様に、傭兵達に背を向ける。 「アアイ、いけるか」 「余裕」  親父の問いに、笑の滲んだ声で簡素に答えを返し。  土を蹴る音、そして。 「はい油断大敵!」  堅い肉を斬る音とそれが地面に落ちる音が、鈍く響く。       −16−    傭兵達が惚けたのはほんの一瞬で、一人あっさり失ったもののまだ優位性を信じているのだろう。焦った様子は微塵も見せず、しかし流石に剣呑な雰囲気で、獲物を振り上げ俺達に襲いかかってきた。    クリューゲは剣戟を捌きながら、俺達からやや距離を取る。  つられ一人、金髪の男が完全にそっちに向かった。逃げ腰の男に追撃を与えようと。  しかし、まあ、実際には逃げているわけではないクリューゲは。十分な距離と場所を確保したところで足を止め、自分に向かって降りてくる金髪の剣を槍の柄で弾く。  長物の真ん中を支点に円を描くように操られるそれは、槍術というより棒術だ。  予想もつかないクリューゲの動きに、男は剣を落とすことこそ耐えたものの、手に響いた衝撃は相当大きかったのだろう。顔を顰め、後退る。  それへ、ぐるり回った勢いのままに、槍の切っ先が差し出される。  真っ直ぐ向けられたそれを弾く程に彼の手が立ち直るには、時間がなさ過ぎた。男は慌てて跳びすさ。しかし、槍の射程外に出るには間に合わない。 「はっ」  わずかな呼気と共に。  クリューゲの槍は男の腹を突き刺し、金髪の男は呻き声を上げ後退した。    ランドックに向かった男は、ランドックの左手の手斧に振りかぶった剣を絡め取られた。身をよじるも利き手を取られた状態の至近距離では避けるのは難しく。 「おぅら」  ランドックの右手の斧を食らい、男は声もなく崩れ落ちた。  ランドックの、二刀流ならぬ、二斧流。  近接で両手が完全に塞がること、相手を拘束した左手を振り解くという行動が余分に生じること、前方以外が完全におろそかになること辺りが欠点といえば欠点だが。ごつい体格と腕力で一対一では怖いものなしだ。反面、複数対一人では果てしなく不利になる。  けど今は、俺がいる。    ちょっとした身動きにさえ左肩に鈍い痛みが走るが、戦うに影響がある程ではない。しかし、ひとまず。俺は表立たず、援護に回っていた。  ランドックの後方に回ろうとする赤毛の足下にライトニングを放ち、怯んだ隙に懐へ入って斬りつける。それは皮一枚を凪いだだけで終わったが、ランドックが構え直すには十分な時間だ。  もう一人、人足に化けていた黒髪の男は、いつの間にやら親父と斬り合っていた。  親父の長い盗賊生活は伊達でなく、それなりに剣を使えるし場数を踏んでいる分実践的だ。しかし、もともと荒事は苦手な質で、戦闘が得意なわけではない。その辺り、戦闘狂のアアイや職業軍人だったクリューゲとは違う。そんな親父の闘いは、当然の如く、さすが現役恐らく傭兵のそれと比べると明らかに見劣りした。苦戦している。  化け物は二人相手に引けを取っていないようだし、一対一に持ち込んだランドックは危なげもなく、クリューゲの相手は既にふらついている。  唯一怪しい戦況を打開するため、俺は後退した親父の前に飛び出した。    傭兵が一人、倒れる。これで向こうは二人減った。お互い居残り組に無傷なものは例外を除き皆無だが、立っている人間の数は同じ。規格外がいる分、こちらの方がやや有利に見えてきた。 「いよっと」  気の抜けたかけ声で、アアイが一人を払う。  耐えきれず膝を突く男。  それを横目に、リーダー格が顔を引きつらせる。二人まとめて翻弄され、決定打をなに一つ打てない。戦況に対する焦りより、遊ばれている状況に対する怒り。  力任せに空振りした剣は地面を削り、弾かれた小石が辺りに散る。  男は喚いた。   「チクショウ話が違うじゃねぇか、ドナール!」        ――ドナール。    男の口から飛び出したその名に。  俺は凍り付いた。    ドナール?  ティウツではなく、ドナールだと?  馬鹿な、  そんなこと、  あり得るはずが、   「――リーフ!」  ランドックの声に、我に返る。  呆けていたわずかな時間に態勢を立て直した黒髪が、俺に向かって剣を振りかぶっていた。  とっさに刀身で弾き、しかし予想外に重い衝撃に剣が手から離れる。  まずい。  それを見逃す程甘い男ではなく。  身を落とし剣を拾おうとする俺の鼻先を剣が凪ぐ。髪を幾本か持っていかれた。あわてて身を引く。非常に、まずい。  と。  俺の前に、親父が割って入った。  そのまま押すように、再び男と打ち合いを始める。  俺は一息つき、額に浮いた嫌な汗を拭った。辺りに注意を払いつつ、さっと剣を拾う。そのまま黒髪の男に剣を向け、本日二度目のライトニングを放つ。  魔法剣特有のこの「奥の手」は、剣が痛む割に与えるダメージが弱いので――俺自身の魔力がさほど大きくないから、ということらしい――多用はしたくないのだが、そんなことをいっている場合ではない。  案の定ライトニングは牽制程度にしかならず、男の反応は、親父から距離を取るだけに留まった。  ほぼ同時。ランドックに打たれたのだろう、血の滴る片腕を押さえた赤毛がよろよろと後じさり。クリューゲと相対していた金髪が、膠着に焦れたのか槍の射程外に大きく逃げた。 「くそっ、割に合わねぇ」  アアイに「適当に」あしらわれ続けているリーダー格が、忌々しそうに悪態を付いた。  確かに、と。男の言葉に思わず同意する。俺達の方は割に合う合わないどころでなくただ働き。完全な赤字決算だ。  男の言葉を咀嚼し茶々入れする余裕が出来てきた俺は、ざっと辺りを見回し戦場の綻びを探した。  結局、俺も焦れているのだ。  さっきの、男の言葉。喚いた名前。それが。それはとても信じられることではない。信じない。けど。けれど。  手っ取り早く、この不毛な局面を終わらせ、そして一刻も早く、確認しなくては。一刻も、早く。    ――――ふと。  空が、翳った。    辺り一帯が。大きくなにかに覆われる。  思わず空を見上げた。  なにか大きなものが空にあって、日の光を遮っていた。  広がった対の皮膜。相似形にひしゃげた傘。  輪郭がきらりと光る。褐色の鱗が日を反射して。  それは――竜だった。トラキアの飛竜。ダナエは大きく旋回し、いったん上昇した。そして。   「リーフさん!」    舞い降りるなど生やさしい速度で降下してくる竜、その背から身を乗り出した少女が。  大声で、俺の名を喚んだ。       −17−   「――駄目だ、ダナエ!」  珍しく大声を張り上げたクリューゲが、彼女の予想着地点に走った。  そこには、男が倒れている。  先程ランドックと打ち合っていた男。全く身動きしないが目に見える外傷はそう多くなく、幽かに胸部が上下することから絶命していないと簡単に見て取れる。  けれど、今のままでは飛竜の下敷きになり、想像するのも嫌な状態になるのは確実だった。 「リュー」  クリューゲの意図を察した俺は思わず声をあげる。急かそうとしたのか、止めようとしたのか。それは、自分でも判らない。  滑り込むように、クリューゲが男を蹴り出す。そのまま転がって、影の範囲から脱出。  巨体ががさがさと行く手の枝葉を凪ぎ倒し、鈍重に地面に降りたのは、その直後だった。  ぱらり、乾いた、どことなく間の抜けた音をたて木の枝が地面に落ちる。  その向こう。わずかに立った土埃を払い、クリューゲは顔を顰めて身を起こした。傍らには男が転がって、意識が戻ったのだろう、なにかを呻いている。  クリューゲにも、そして男にも特に怪我はなさそうだ。まあ男は蹴られた跡が打撲傷にでもなるだろうが、竜の敷物になるよりは数段マシに違いない。  ほう、と、吐息を漏らした。恐らく安堵の。  それからゆっくり、俺は、それへ振り返る。    くるり辺りを見回し、俺に目を留めぐるぐる唸るダナエと。  その首に全身でしがみつき、堅く目を閉じたティニー。  砦で留守番していたはずの一人と一頭が、そこにいた。        やがて、固まっていたティニー、砦を出る俺達を見送ったときのそのままの素朴な服に前身頃全てを被う生成の前掛けをつけただけの彼女は、のろのろと頭を上げ下方に目を向ける。  彼女の視線の先には、俺がいた。 「あ」  びくりと震え、一瞬浮かんだのは安堵の表情。その目が周囲に向かい、殺伐とした跡に顔を顰めた。剣を手にする者たち。えぐれ荒れた地面、ところによりどす黒く染まっている。覿面、わななきを、涙を堪えるように、彼女の顔は歪んだ。  ティニーは身を起こし、転げるようにダナエから降りようとした。いや、本当に転げて、慌ててダナエの皮膚に両腕を張り付ける。ざらざらの鱗に袖の布地が引っかかったのか、ティニーの落下速度がやや緩やかになった。  ――と、呑気に観察している場合ではない。  なんとなくどっと疲れるが、堪えて俺は駆け寄った。 「わわわ」  ずるずると。耐えきれず、余り緊急性を感じない間の抜けた声をあげ、ティニーが滑り落ちる。  予想より軽く柔らかな衝撃と共に、俺の腕の中に収まった。  肩に痛みが走る。思わず俺は顔を顰め、それを見たティニーは、なにを勘違いしたのか「すみません」と小さく謝る。  それがなんとなく可笑しくて。なぜだかとても、可笑しくなって。  俺は彼女を抱える腕に力を入れた。  洗濯に使ったそれが染みついたのか、それとも夕べ頂いた湯の残り香か。石鹸の香りが、ふわり鼻をかすめた。       −18−    遡ること数時間前、サーヴの砦。  敷布の入った洗濯籠を抱え砦内を歩いていたティニーは、血相を変えて走ってくるセマに腕を捕まれ、そのままドナールの部屋に連行された。  落とさないように無理な姿勢で抱きしめていた洗濯籠を持ちやすく直したティニーは、青ざめたセマと、突然のそして珍しい来訪者に唖然とするドナールを窺う。  荒くれ者どもの首領にしては意外過ぎる程こざっぱり片付いた私室、その主であるドナールは珍しく本など読んでいたようだったが、ぱたりと閉じたそれの題名は「イード哀歌」だった。  ガレスから借りた同題のそれはまだティニーの手元にあり、ということは恐らく、その本はドナールが所有しているものなのだろう。感傷的な本とドナールのひとなりは繋げ難く。意外な一面を、ティニーは微笑ましく思った。  おっとり辺りを観察していたティニーだったが、セマの焦った声に我に返る。 「あのっ、っと、た、たいっ、大変なんですっ」  どもりにどもるセマ。  迂闊な発言をしては怯えたり慌てたり、そんな姿をしょっちゅう見ているとはいえ、ここまで慌てている彼を見るのはティニーは初めてで。一体何事かと不安になる。  ドナールは呆れたように鼻を鳴らし、ティニーにテーブルの上を指してみせた。そこにあるのは水差しとグラスだ。こく、と小さく頷いたティニーは、水を注いだグラスをセマに差し出す。  しかし。落ち着いたセマがよろよろと話し出しすと、安穏と構えていたドナールは表情を歪め、ティニーは蒼白になった。        セマがそれを聞いたのは、全くの偶然である。  リーフが嫌がらせのようにいい付けていったダナエの食事の用意を終え馬屋を後にしたセマは、最近見つけた隠れ場所である小屋裏の倉庫、東の見張り台へ至る階段の踊り場からしか出入り出来ない小さな部屋で読書をすべく階段を上っていた。  ここへ来て大分経つとはいえ、元来おっとりしたセマは砦の住人の大半とは根本的にウマが合わない。幽かな緊張を強いられ気遣いに心労する毎日、芯から気が休まるのは一人でいるときだけだ。  ところが。普段全く人気のないそこは、今日に限って先客があった。  人の気配とぼそぼそ聞こえる話し声。  扉に手を掛けかけ、セマはそのまま固った。  しかし、静かに歩く癖、僧院仕込みの作法が幸いしたのだろう。セマの存在に気付いたフシはなく、ぼそぼそ声は続いている。  ほう、と胸を撫で下ろして、セマは引き返そうと踵を返しかけ、   「――あれくらいでくたばるとは思わねぇが」    物騒な言葉に、再び固まった。   「……し、無傷ってワケには……でしょう、ティウツさん」  続いて聞こえてきた声は、いつかリーフが「三下の腰巾着」と揶揄した男の声だ。ティウツの部下で、最近砦に来たばかりの若い男。  扉越しのくぐもった声は、意味を取るのがやっとだ。セマは耳を澄ます。 「……、マカリアさんも行ったんだし、幾らアアイの野郎が強いつって……くらいは減って……」  ひやりと、冷たいものが背筋を走る。気安い口調にのぼった、親しいものの名前。それも、好意的とはいい難い文脈で。 「生意気なリーフの野郎はこの手で仕留めてぇが――」    そろりそろりと。足音を消してセマはその場から逃げ出した。  もう少し居残って情報を聞き出せよというのは無理な話だ。所詮セマは、人の悪意に慣れてはいない。むしろ卒倒せずその場から無事脱出したことをほめるべきだろう。        酷く断片的かつ僅かな情報であったが、ティウツがよからぬことを企み、そしてガレス達が危険に晒されているだろうことを想像するのは容易である。  話を聞き終えたドナールは迅速だった。  ティニーとセマに、今すぐガレス達を追うよう指示を出し、己はティウツの元へ向かうべく立ち上がる。  慌ててセマが止めた。 「今からガレスさん達を追ったって間に合いません。それに、いくらドナールさんでも一人で行くのは危険です」    ティウツはガレスとは険悪だが、ドナールは慕っている。しかし、今は事情が事情だ。話の持って行きよう如何では、ティウツが逆上しドナールといえど害することを躊躇わない、などという事態も大いにあり得るだろう。  今日砦に居残っているものはそう多くはないが、信用出来る頭数をある程度以上集めてからティウツの元に向かうべきであるし、もっと安全を期すならば企みを打破し帰還するだろうガレスと合流し――あれぐらいでくたばるとは思えない、といったのはティウツ自身なのだ――それから彼を糾弾すべきだ。   「――そんなまどろっこしいことしてられねぇよ。いいからお前らは行け。ダナエに乗っきゃあ、間に合うだろう」  ドナールは苛々と答える。  しかし。その言葉に、セマは別の意味で顔面蒼白になった。  セマは、ダナエが怖い。それは、生理的な恐怖だ。周りがなにをいおうと、克服できるものではない。 「――と思ったんだが、お前にゃ無理だったな」  こんな場面でも、血の気をなくしたセマの様子は滑稽だったのだろう。ドナールは苦笑し、前言を撤回した。そして、頭に昇った血も下がり、口調からは焦りが消える。 「あー、しゃあねえ。お前、流石に馬にゃ乗れんだろ。ひとっ走りガレスらを迎えに行け。俺は部下を集めティウツを吊し上げる。嬢ちゃんは、そうだな、部屋で大人しく――」   「あのっ」    それまで静かに話を聞いていたティニーは、ドナールの言葉を遮り意気込んだ。  ごく、と唾液を嚥下し、喉を湿らせ。ドナールを真っ直ぐ見据えて、ティニーはいう。   「わたし――わたし、ダナエさんに乗れます。前に、リーフさんに教えて貰ったので、だ、だから、わたしっ」   「だ、」  駄目ですよ、と。ティニーの意図を察しセマがいいかけるが。興味深げに、口端をあげたドナールに制された。  すうはあ、と。言葉に詰まり、ティニーは息を整える。そして。   「わたしが、リーフさん達を、迎えに行きます」       −19−    つかえつかえ、必死に事情を説明するティニー。  そんな彼女の様子に、俺達は互いに顔を見合わせた。浮かぶのは、怒りより困惑だ。  ティニーの後ろで、ダナエが巨体を丸まらせぐるぐる喉を鳴らしている。それが、妙にこの場に合っていて。脱力して、肩を竦めるほかない。なんて、滑稽な。  要するに。俺達もそしてこの傭兵達も、ティウツに体よく嵌められたってことだ。 「――なんだか白けたねえ」  剣を置いて伸びをするアアイが――ついさっきまで打ち合っていたのが嘘のようなくつろぎっぷりだな、と思わんでもない――欠伸の一つも交えそうな声でいった。 「それで、どうするの」 「どうするもこうするも、砦に戻るしかねえだろ」  俺はそう吐き捨てる。 「あの野郎吊し上げて、落とし前を付けさせるさ」  言葉とは裏腹に、口調は鈍い。吐息。  嵌められたもの同志と仲良く並んでいる傭兵が、なぜか一緒に頷いていた。こいつらにしても、ティウツの野郎にいいたいことがあるだろう。たくさん。  億劫だがな、そんな考えが頭をよぎった。俺達は、妙に落ち着いてしまった。どこか気怠くすらあった。つまり、気が抜けたのだ。  ティニーがおろおろと俺の顔を見上げる。周りを窺い。ものいいたげに逡巡する。  早く戻ってドナールの手助けをしなければ、そんなことがいいたいのだろう。それは尤もな意見であり、ここでこれ以上話している理由の方が寧ろない。  けれど。  ドナールが仕切っているのだから、砦の方は恐らく大丈夫だ。俺達が駆けつけるまでもなく、ティウツはとっくに簀巻きの身。  そんな、ドナールに対する信頼感が、俺を緩慢にさせているのだ。        ――突然。  ダナエが低い唸り声を上げた。  瞬時に表情を殺して、アアイが手近にいたティニーの手をぐいと引く。 「きゃあっ」  小さく叫び声をあげ、ティニーはバランスを崩し。  それを引き受けたクリューゲが、彼女を地面に倒し自分も共に姿勢を下げた。  その上を。銀色に光るものがかすめ。  間抜け面晒して呆然と立っていた傭兵の男の胸に刺さる。  呻き声を上げて倒れる傭兵。  更に、矢が。二本、三本。俺の腕を撫で。傭兵の頬を擦って後ろの木々に突き刺さり。或いは茂みへと消えた。  ダナエが身を縮こませる。 「ダナエ、大丈夫だ」  様子を伺い、気休めをいった。  飛竜は矢撃に弱い。そして、ダナエは戦場が嫌いだ。  まだ恐慌はきたしていないようだが、見境なく暴れられたらこそこそ隠れる射手よりはるかに脅威になる。  そんな、一瞬の思案と、よそ見。  それは時に自殺行為になると、俺は知識では知っていたが、身になってはいなかった。   「リーフ!」    衝撃。  脇から伸びた腕が、俺を突き飛ばす。  たまらず地面に倒れ込んだ。剣が手から離れ、鼻先に転がり。  その視界に、なにものかの影が被る。 「――大丈夫、か」  どこか軋んだ、尋常ではない声音。けど紛れもない、親父の声が、俺の安否を尋ねた。  一瞬呆けた俺は。とりあえず、ああ、と返事を絞り出す。  ふと。ついと落とした視線の先、親父の足下に、点々と溜まるなにかどす黒いものが見えた。  点、点、点、と。  それは、溜まりを広げていく。 「……親父?」  俺が身を起こし親父に声をかけるのと、 「ガレス!」  珍しく焦った声をランドックがあげるのが、ほぼ同時。  親父が膝をつき、そのまま地に伏した。   「――畜生」  口汚く罵りの言葉を発し。アアイが矢の方向へ駆け、茂みに飛び込んだ。傭兵が一人、その後に続く。  ランドックが親父に駆け寄り傍らに跪いた。倒れた身体を抱え起こすと、色を失った顔が仰向けになる。倒れた拍子に折れたのか、矢羽根を無くした矢が、親父の胸に起立していた。 「親父?」  覗き込んで、声をかける。声が震えた。  幽かな唸り。瞼がふるえ、うっすらと、目が開かれる。  ああ、まだ。俺は安堵に胸をなで下ろす。    けれど、親父は。  ごふ、と咳き込み。血を吐いた。       「ガレス、おい、しっかりしろ」  そういいながら、ランドックは辺りを素早く見回した。  弾かれたようにティニーが、いつの間にか後ろに立っていたティニーが俺の脇にしゃがみ込み。前掛けを外して、親父の血を拭った。生成りの布と、ティニーの白い指が赤黒く染まる。  親父は、そんなティニーの手を、力無い仕草でやんわり押しやった。 「リーフ」  俺を呼ぶ。  どこか虚ろに親父を見下ろしていた俺は。その声に、我に返った。 「親父、」  膝を折り、赤黒く汚れた手と、そして血の気の引いた顔を覗き込む。  ――大丈夫だ、すぐ砦に戻って、セマに杖を振るってもらおう。そうすればこんな怪我たちどころに治る。だから。  そんな羅列が一気に思い浮かび、けれど口は動かなかった。あまりの嘘臭さに。俺は唇を噛む。  親父は死にかけていた。未だ刺さったままの矢は明らかに急所にある。更に矢傷は一つではない。未だ事切れることなく、目を開き口を戦慄かせていることが不思議なくらいなのだ。  視線を彷徨わせ、俺の姿を認めたのか。焦点の合っていないそれは、恐らくもう、確かな画を写すことはない。けれど確かに。その目は俺を向いた。 「俺は、死ぬな」  濁った声が。 「だが、その前に、俺はお前に、いわなきゃならねぇことが、」  がふ、と再び咳き込む。  言葉は確実に、親父の命を削っていた。 「いいから」  黙ってくれ、頼むから、後からいくらでも聞くから。  けれど親父は、幽かに首を振った。後からなんて、ない。 「……本当は、もっと早く、いうつもりだった」 「ああ」  だから俺は、ただ相槌をうつ。 「俺は、お前の、本当の親じゃねぇ」  ひゅーひゅーと息を漏らしながら、親父は一気にいった。 「知ってるよ」  俺は親父の手を握る。乾いた、温かい、大きな手。 「そんなのはもうとっくに知ってる。けど、どうでもいいだろ。俺の親父はあんたで、俺は親父の息子だ。だから、」  そうか、と掠れた声は安堵にも満ちていて。親父は笑った。確かに、笑った。       −20−    がさがさと茂みが揺れ、アアイと傭兵の一人が戻ってきた。 「ガレスは」  静かに問うて。辺りを一瞥し、「ああ」と呟く。  抜き身のままの剣を地面に突き刺す。そのままその傍らに腰を下ろし。 「マカリアだった。始末してきたよ」  無造作にそういった。 「もう一人、名前は知らないけどティウツのとこに出入りしてた若い奴がいた」 「そいつも」  クリューゲが、疑問に似た相槌をうつ。 「埋めてやる義理はあるかな」 「義理はないが、この界隈の動物が人の味を覚えたら厄介だろう」  成る程、と頷いたアアイは、傭兵たちに頭だけ振り返る。頼んでいいかなあ、という気楽な問いかけに、傭兵のリーダーは「頼まれてやるよ」と答えていた。     ――ランドック、後は頼むぜ。  親父は最後にそういい残した。任せておけ、というランドックの言葉が親父に聞こえていたのかは定かではない。けれど、親父の死に顔は、こんな場にあって不似合いに穏やかだ。  「頼む」。  ランドックは親父と付き合いが長いし腹心だ。だから、後を託されるのは当たり前のことで、言葉に不自然な物はなにもない。  けど。それ以上の含みを、俺は感じた。決して、深読みのし過ぎではなく。  まあ、いい。ランドックには解っているのだろうから。そして今は、それを気にしているときではない。    ドナールがいるのだから、砦の方は大丈夫。  さっきまで、確かに俺達はそう考えていた。  けど、今は。  酷く、嫌な気分だ。いつになく、ティウツは陰険で周到。見通しが甘くて助かったが、本気でこっちを殺しにかかっているのは間違いない。  ティウツが俺達を、ガレスを疎んでいたのは知っていた。いや、目障りに感じている、その程度だと思っていた。これ程の悪意を抱いていたとは、想像もしていなかった。  ティウツは俺達を甘く見積もっていたが、俺もあいつを嘗めていたのだ。   「ランドック、この場は任せていいな」  俺は立ち上がる。  鬱蒼とした森の中、ダナエが飛び立てる程に開けた場所は出るには、ずいぶん距離がある。それを呑気に引率する余裕は、今の俺にはない。傭兵たちが戻って来るにも、もう暫く間がかかるだろう。  この場はランドックに頼み、俺にアアイ、クリューゲの三人だけで先に戻る。なにもなければそれでよし、なにかあったとしたら。 「アアイ、リュー、砦に戻ろう。急ぐぞ」  了解、とアアイは頷き、クリューゲも無言で立ち上がった。  俺は、地面に転がったままのはずの光の剣を拾おうと振り返る。  ティニーがいた。  俺の剣を両手に携え。       「わたしも行きます」  強ばった表情で、ティニーはいった。 「駄目だ」  にべもなく、クリューゲが真っ先に答える。口の重いこいつにしては珍しく。 「足手まといだ」  だめ押しと、どこか苛ついた口調で付け加えるクリューゲに、 「そうそう。危ないからね。可愛いちゃんは、後からダナエとゆっくりおいで」  剣に付いた血と脂肪を拭き終え鞘に収めたアアイが、素っ気なく同調する。  しかし、そんな二人に怯む様子もなく、ティニーは俺を真っ直ぐ見つめた。 「お願いします。わたしも連れて行ってください」  俺はティニーを睨み返す。けれど黄昏色の瞳は、怯みもせず揺らぎもしない。 「どうして」  抑えた声で問うと、彼女は剣の柄を握りしめ、唇を小さくわななかせた。 「わかりません。けど、行きたいんです」  頑なな、声。    話にならない、といいたげに、クリューゲが大仰に息を吐いた。俺達に背中を向け、砦方面へ歩き出す。 「護らないよ」  そういい捨てて、アアイもその後を追った。    俺は。 「待たないし、助けない。自分の面倒は自分で見ろ」  ティニーの手から光の剣を受け取り、鞘に収める。  よほど強く握っていたのか。解かれた彼女の手の平は紅く。 「今の俺には、お前を気にかける余裕はない。――行くぞ」 「はいっ」  ティニーは頷いて、俺の後に続いた。       −21−    終始小走りで息も絶え絶え。けれど、脱落することなく付いて来たティニーに、正直俺は感心していた。その彼女は今、隣りに並んでぜいはあと息を整えている。  サーヴ砦の正面の門は不用心に開いていた。まあ、普段から開きっぱなしなので、特筆することではないのだが。 「静かすぎる。物音一つしないよ。嫌な感じがするな」  ひょいと中を覗き込んで、アアイはいった。 「逃げたティウツを追って出払ったんじゃないか」  クリューゲが希望的観測を述べた。自身がそれを信じてはいない口調で。 「息を潜めて待ち伏せ、ってのは、あり得ると思うか」 「マカリア達以外にもあの場に仲間がいて、そいつがティウツに御注進いたしましたってんならあり得るかも。わたしらがすぐに逆襲に来るってのは予想の範疇だし」  小さく肩を竦め、 「でも、殺気も気配も感じないし。大体、それならわたしらって結構不用意にここまで来ちゃってるんだから、今頃斬り合いの真っ最中よ」  砦の廻りは開けた荒野。見張りの一人も立たせておけば、そいつが余程のぼんくらでない限り近付くものを見逃すことはない。伊達に「砦」ではないのだ。  ティウツはすでに捕らえられ、断罪され、全ては終わっている。そんな呑気な可能性は――当初は、それ以外の展開があり得ることすら考えなかったのだが――全く浮かばなかった。殺気はない。気配もない。ただ、ちりちりと焼けるような焦燥感がある。 「いずれにせよ、入りゃ判るか」  俺は、長年風雨に晒され灰色にくすんだ木製の門をくぐる。ぎいと、錆び付く蝶番の軋んだ音が聞こえた。        静けさで満たされていた石造りの床に、俺達の足音が響く。 「ティウツのシンパって、マカリア以外だと三、四人ってとこ?」  ふと思いついたように、アアイが足を止めた。  つられ、首を傾げる。ドナールは結構慕われていたが、ティウツのつるんでた奴ってのはぱっと思い浮かばない。 「なんだかんだいってあいつは新参だ。古い奴らはドナールやガレスの下には付いても、ティウツの下には付かない」  まあ、俺よりは遙かに古いが、と、クリューゲは珍しく饒舌だ。 「ティウツが連れてきた奴は、あと三人だ。けど、そのうち一人はダーナにいるはずだな」 「テスラ? あれはティウツのシンパじゃないよ。だいたいダーナに行ったのだって、ティウツと決裂して逃げてったんだし。って、ニュミエがいってた」  テスラという名には聞き覚えがある。最近見ないとは思っていたが、一体なにやったんだ。 「なにやったんだあいつ」  俺の疑問を代弁するかのように、クリューゲが口を開く。 「んー、世話になったから感謝してたけど、趣味じゃない、ってさ」  ティウツも手近な女で済ませようとするから、手ぇ噛まれるんだよね。  大変下世話なものいいをして、アアイは肩を竦めてみせた。  ティニーが首を傾げている。知らない名前が出てきたからだろう。しかし説明を求める場合ではないと理解しているのか、口を挟む素振りは見せない。  と。幽かな嘶きが聞こえ、クリューゲが足を止めた。 「――全員固まっていても仕方ないな。別れよう。俺は馬屋を見てくる」  そういうや、馬屋に向かうため身を翻す。 「確かにそうねえ。じゃあ、わたしは一階見るよ。あんたらは上と下、宜しく」  アアイは俺達にそういい渡し、最も手近な扉に近付いて耳を当てた。ノブをがちゃがちゃ回し、あー生意気、と悪態を吐いて蹴りを入れる。頑丈な扉は、少しはたわんで見せたものの、依然己の職務を全うしていた。  緊張感削がれることこの上ない。  おのれ叩っ斬ってやろうか、そんな物騒な言葉と共に大剣を手をかけたので、さすがに口を挟んだ。 「ドナールの部屋に全室分の鍵があるだろ」 「あ、そっかー」  手をポンと叩く一人芝居。  俺はため息と共にそれに背を向け、階段方面へ歩き出した。ティニーの小走りの音が、その後ろに続く。        二階は小さく仕切られた小部屋の並びで、恐らく昔は砦に常駐した兵士達の就寝の場だったのだろうし、今も俺達の就寝の場所だ。一部の例外を除く。つまり、足腰弱い親父どもは階段の上り下りを面倒がり、一階に部屋を確保てしいるので。 「あの」  階段を上りきったところで、ティニーが口を開いた。 「部屋に、寄ってもいいですか」  別に構わない、そう答えると、こっくり頷いて小走りに先行した。  不用意だな、と思いつつなんとなく眺めてしまったが、目的地の前に立って大まじめに扉に耳を当て始めたのには少し苦笑した。  彼女は彼女なりに、よくやっている。     二階の部屋どもは、結果からいえばなにもなかった。  全室鍵はかかっておらず、無人――鍵を取りに戻る羽目にならなくて済んだのは幸運なことだが、少し不自然だ。さりとて怪しいといえるものも見られず。輪郭のあやふやな、違和感だけが、つきまとう。  足の踏み場もないほどに散らかったアアイの個室にため息を吐いていると、ティニーが不思議そうに首を傾げた。黄色い本を、胸元に抱えていた。       −22−    収穫なしの俺達は、次に地下を廻るべく階段を下っていた。  アアイがいた。  踊り場の壁に凭れてぼんやりと石畳を見つめている。それが、足音が聞こえたのだろう、のろのろと顔を上げ。俺達を目視して、ああ、と呟いた。軽く首を振って、大きく息を吐く。 「――最悪」  へらっと、笑う。  頭をがしがしと掻いて、そのまま唸り声を上げ。 「さすがに参ったよ。……リューを、呼んでこなくちゃ」  壁から身を剥がす。 「なにか、あったんですか」 「まあねぇ」 「なにが」 「あー、そうだねぇ」  おろおろと発するティニーの疑問に、答えになっていない答えを返し。「とにかく、リューを呼んでこないと」、そう繰り返す。  緩慢な動作で溜め息を吐き、リューは馬屋だっけ、などと口にし。けれど向かう素振りなく、手の甲で額を押さえ、再び息を吐く。    なにか、ひやりと。芯が凍るような、重い、そんな空気がある。   「あの、」  突然、上擦った声で。淀みを払拭するように、ティニーが手を挙げた。 「わたし、馬屋に行って来ます」  いきなり立候補。  じゃあ頼む、と。条件反射の如く答えてしまったのは、俺の油断だった。  けれどそのとき、俺はアアイの尋常ではない様子に気を取られていたし、アアイも普通ではなかった。そして砦は、依然静けさに満たされたままだったのだ。       「ドナールとセマを見つけたんだ」  ティウツの部屋にいるから、そうティニーに伝えた後。  先導するように俺の前を歩き出したアアイは、唐突にそういった。 「死んでたよ、ドナール」  ――ああ。やっぱり。  そんな言葉しか、浮かばなかった。こいつが「最悪」と表現する自体なんて、それ以外あり得ない。 「セマも」 「セマは生きてた。多分すぐ気絶して、そのまま忘れ去られてたんだと思う」  なんか、らしいよね。うっすら嗤って。 「殴られたのか転んだのか、でっかい瘤作っててね。意識は戻ったけど、大分しんどそうだったから置いてきた。ドナールのそばに」 「そうか」 「それで、あんたらを呼びにいったんだけど、ちょっと疲れちゃってさ」  壁に凭れて、休んでたんだ。そういって、足を止める。  ティウツの部屋の扉。他の部屋と同じ素っ気ない木造のそれを、無造作にアアイは開けた。    寝台に寝かされたドナール。  そして、その前で椅子に座り、俯いている僧服の男が見える。  セマは、扉の開く音にびくりと身体を震わせた。 「リ、リーフさん」  振り返らず、俯いたまま。青ざめ震える声。膝の上に揃えた拳に力を入れ、更に頭を下げる。 「すいません、リーフさん。ぼ、僕が、僕は……」 「あんたは怪我しないで生きてただけで上出来だよ」  アアイが遮る。 「あんたが責任を感じることじゃない」  優しい声で。  セマは俯いたまま唇を噛みしめる。 「でも、せめて意識を失わずにいたら、杖を使えていれば」  間に合ったかも知れないのに。口の中で小さく消えたそのひとことは、ささくれだった俺の気持ちに真っ直ぐ突き刺さった。全ては今更で、全ては間に合わない。  俺は開いたままの扉の枠に背を預け、腕組みをして天井を睨んだ。    ドナール。濁声で豪快に笑う、屈託のない親爺。こんな生業のくせして細かく気にしいな親父が、俺にがみがみと説教する横で。んな硬ぇこというなよ、そう笑い飛ばす。親父は渋面になり、ドナールに同調して説教から逃れようとする俺の頭を、軽く小突く。  そんな光景は、もう二度とない。  二度と、ない。  ――畜生、ティウツ、殺してやる。   「なにがあったんだ」  説明を促した。  ぼそぼそと湿った声で、俯いたまま、セマは話し出す。  ――つまり、こういうことだ。  ドナールは、ことの次第を問い詰めるためセマを伴ってティウツを訪ねた。  しかしティウツは逆上し、突き飛ばされたセマは頭を打って昏倒。  気付くとアアイが顔を覗き込んでいて、傍らにはドナールが倒れていた。事切れて。    ドナールともあろうものが、なんて不用意で不用心な行動なんだろう。  直情で小細工の苦手なオッサンだが、荒くれどもを纏めて二〇年余りも首領を張ってきたのだ。多少は小狡さや老獪さも備えているだろうに。いつもいつも、親父や周りの者が出す策謀のいいなりだったわけではないのだ。  それなのに、明らかに黒な人間を単身――セマは戦力の頭数には入らない――訪ねるなんて。 「話をするだけだから、頭数は要らないと。サシで話を付けたいんだと、ドナールさんが。本当は僕にも、来るなといったんです。けど、なんだか嫌な感じがして、無理いって付いて行ったんですが」  なんの役にも立ちませんでした、そう結んで、セマはやっと、顔を上げた。        砦内は他に全くの無人なのか。  ふと思い至って問えば、ああそういえば他にも死人と瀕死と重体を見つけたよとアアイがほざく。ちなみに例のティウツのシンパはね、死人の方に一人と瀕死の方に一人かな、と。  親しくない者は徹底的にどうでもいい奴なのだが、それにしても今は質が悪すぎた。  呑気に話してる場合か瀕死が死ぬわ、と俺はアアイに蹴りを入れ、リライブの杖を握りしめてセマが立ち上がった。 「間に合わせます」  いうやいなや、駆け出す。 「ああ逆逆、食堂だよー」  まあ、お約束の展開だった。  セマは、流石に定石を外し、転けることなく舞い戻って来た。アアイを睨みつけ指さし確認。 「食堂ですね。食堂でいいんですね。食堂以外にはいないんですね」  職業倫理に燃えているのか、タガが外れてしまったのか。普段からは考えられない命知らずな迫力だった。 「ここより奥の部屋はまだ見ていないからわからないよ。でも、居残ってた面子の殆どがいたような気がするから」  気がするじゃ困るんです。ああもう。  ぶちぶち文句を喚きながら、セマは食堂方面へ消える。 「……このわたしが圧されてしまったよ」  呆然と、けど可笑しそうに、アアイがいった。  それはいつものアアイで、わずかな日常だった。なんとなくほっとして、俺は呆れたように肩を落とす。そういう問題かとつっこむと、アアイはただ、ふにゃと笑った。    しかし。  そんな奇妙な居心地のよさは。   「――――……やーっ」    細い悲鳴に、破られた。        −23−    目を血走らせた男は、その腕に少女を捕らえていた。そこから数歩離れた場所に、一人の男がうずくまっている。  中庭を突っ切って馬屋へ向かった俺達が見たものは、そんな光景だった。  馬屋より手前、馬具が納められた納屋と、水飲み場の並ぶ、込み入った屋外。中庭を挟んで建物とは反対側、砦を取り巻く石塀が朽ちた裏木戸で途切れているところ。  俺達が駆けつけたのをみとめたのだろう。ティウツはティニーを抱え込んだまま一瞬裏門を見やり、忌々しげに舌打ちしてこっちを睨んでくる。。  片手にもったダガーが、ティニーの首を捉えていた。  ティニーはそんな状態でも精一杯抵抗したのだろう。ティウツの足下まで、草が捩れ擂られ倒れている。彼女を引きずった跡。 「リュー」  アアイがクリューゲに駆け寄る。  腹を押さえ、クリューゲが身を起こした。指の隙間から、赤い液体がが流れる。 「……悪い、油断した」  苦しげに漏らす声はしかし、しっかりしたものだった。命を左右する程の負傷ではない、そう判断する。  俺は、数歩進み。真正面から、ティウツの視線を受け止めた。 「ティウツ、どういうつもりだ」 「うるせぇっ。それ以上、近づくな」  唾を飛ばし、男は喚いた。  ダガーを持つ手に力が入り、刃がわずかに動く。白い首筋に赤いものが滲み、ティニーはいっそう身を縮こまらせた。  俺は足を止める。 「おう、止まったぜ。――で、」  努めて冷静に。 「なんの、つもりなんだ」  ここからティウツまでの距離は、徒歩の歩幅で五、六歩程。手は届かない、けれど一瞬で迫れる距離だ。――ティニーさえ、間にいなければ。 「リーフ、手前だ。全部手前のせいだ。手前が悪いんだ」  ティウツが更に喚く。  鼻白み、眉頭を寄せた。一体、なんのことだ。  俺は、あからさまに怪訝そうな表情を浮かべていたのだろう。  癪に障ったのか、ティウツは声を荒げた。 「チクショウ手前、バカにしやがって。手前さえいなければ、全部上手くいったんだ。なんでリーフ、手前なんだ、なんで俺じゃねぇんだ」  いや、それは寧ろ、俺が聞きたい。    正直俺は、当惑していた。ティウツの敵意は、俺に集中している。わけが判らない。  確かに俺達はお互い嫌い合ってはいたが、ここまで否定されるほどの付き合いはない。日々の揶揄や軽口が気に障ったのだとしてもそんなのお互い様だし、第一俺にだけ悪意を向けてくるのが判らない。    ティウツの手がぶるぶる震え、締めつけられたティニーが顔をゆがめる。黄色い本を抱きしめ、ぎゅっと目を閉じて小さくなっている。  情けない様子だが、大事な人質だ。今すぐ殺されることはない。逆上していても、それくらいの知恵は、ティウツには残っているだろう。  ――けど、苛々する。 「なにがいいてぇんだ、お前は」呆れたように、肩を竦めてみせ、「――一つ、確認させろ。全部、お前がやったんだな」 「手前のせいだ」 「だからなんで俺のせいなんだよ。さっぱり判んねぇよ」  さっきから、くり返し。同じことしかいわない、ティウツ。 「――まあいいや」  わざとらしく、ため息をつき。いい加減うんざりしてきた、そんな態度を隠さず、ティウツに一歩近づいた。 「とっととそいつを放せよ。今更逃げられるなんて思ってねぇだろ。大人しく、俺に殺されろ」 「うるせぇっ。近づくなっつってんだろ。お前が悪いんだ。お前さえいなければ、ドナールさんは俺を認めたんだ」    黙って成り行き眺めていた二人、うずくまった奴とその付き添いが。 「……ホモの痴話喧嘩?」 「いや、ドナールには女がいただろ」  ぼそぼそと聞こえよがしに囁き合う。  この期に及んでこんなタチの悪い冗談が出るのが、らしく可笑しく。  頭が少し冷えた。    「うるせぇうるせぇうるせぇっ! 手間ら黙りやがれっ」  激昂して、ティウツががなり立てる。 「うるせぇのはお前だろ。がーがー喚くな耳障りだ」 「うるせぇっ」  ダガーを持つ手が、振りかぶられる。  ティニーを縛める方の手はしかし、緩まない。 「小娘がどうなってもいいのか」  定番の台詞をほざくティウツを無視して、少女に視線を移した。 「ティニー」  突然名を呼ばれ。ティニーは弾かれたように、顔を上げた。きつく閉じた瞼がこわごわと動き、潤んだ夕日色がこちらを向く。  「なんとかしろ」 「……え」 「――はははははっ! なにいってんだ手前」  ティウツがけたたましく笑い声を上げた。 「気でも違ったか。この小娘になにが出来るってんだ。身動き一つ取れやしねぇんだぜ」 「できるさ」  ティニーがふるふると小さく首を振る。構わず続けた。 「忘れたのかティウツ。お前が攫ってきたんだぜ。フリージの娘を」  ティウツは改めて、自分が抱える娘を見下ろす。  フリージ・シルバーの髪。白い手に、黄色い表紙の本。  そこで、目が止まる。  俺は剣の柄を握り。すらりと抜き放つ。 「できるよな、ティニー。でなければ、死ね」 「わかりました、リーフさん!」  ティニーは笑った。――嬉しそうに。  綺麗な、鮮やかな笑顔。  彼女は身を捩り、依然ティウツに捕まれたまま、わずかな隙間で抱えていた本を持ち変える。白い指が硬い表紙を持ち上げ、ティニーは口を開いた。    ――いかづちよ いにしえのめいやくにもとづき   「やめろっ」  ティウツが焦って手を放した。  突き飛ばされたティニーは三、四歩前につんのめり。たたらを踏んで堪えきれず、こてんと転んだ。黄色い本が手から離れ地面に落ちる。  そのときには俺はすでにティウツの前にいた。 「――じゃあな」  光の剣がティウツの胸に飲み込まれる。そのまま、直角に捻った。  それで、終わりだった。       −24−    返り血に濡れた上着を脱ぎ、ついでにそれで手と剣を拭いた。  剣を鞘に収め、振り返る。  へたり込んだままのティニーの後ろ姿。  転げた黄色い本を拾い上げ、砂を払う。それから、ティニーの前に移動し、手を差し出した。 「見直した」  え、とティニーは俺を見上げる。差し出された手に気付き、それを支えにゆっくりと立ち上がった。足下がまだ少しおぼつかない。  ティニーは一度後ろを振り返り、そして俯いた。ごめんなさい、と小さく呟いた。なにが、と問うと、曖昧に首を傾げてみせる。  まあ、いい。 「いい度胸してる。おかげで上手くいった」    挑発して、冷静さを失った頃合いに揺さぶりをかけ、隙を窺う。フリージの娘云々はあの黄色い本からとっさに思いついたことだが、こうも綺麗に作用したのはティニーが上手くのってくれたおかげだろう。    ところが。 「はい」  ティニーは嬉しそうに。 「なにかの役に立つかもって、サンダーの魔道書を持っていてよかったです」  そう、曰った。  サンダーの魔道書。  まじまじと、見下ろす。ティニーの顔と、その手にある本。……ただの、ハッタリだったのだが。 「ホントに」  ティニーの藤色の頭に手をかける。少し乱暴に撫でると、わ、わ、などといいつつ後退った。 「たいした奴だよ」       「あーっ、クリューゲさん怪我してるんですかっ!」  素っ頓狂な叫び声が中庭に轟いた。  脇に杖。その手に小さなバケツ。片手にはむき出しの包帯を持ち、捲った腕やら白い法衣やら、どういうわけか顔や髪まで赤黒く汚した僧侶が、柱廊に立ちこちらを指さしている。包帯を握りしめたまま。器用なことだ。  ずんずんと歩いてきたセマは、怪我人の隣にあぐらをかいていたアアイを拳でぐいと退かした。邪魔です、そうきっぱり述べて。  その様子を見て。 「――あの、わたし、セマさんを手伝ってきます」  ティニーが身を翻し、セマたちの元へ駆けていく。  入れ違うように、退かされたアアイが、苦笑し肩を竦めて歩いてきた。 「やーんセマくんいつになく強気」  ぼやきながら俺を行き過ぎ、地に横たわる男の傍らまで進む。 「――あの娘を人質にとってさ」  胸を赤く染めた男を、見下ろした。 「けど、逃げるでなく、なにか要求するでなく。ただ喚いていた」  ふう、とため息一つ。 「砦の乗っ取りとか、あー、跡目争い? そんな辺りが動機で、邪魔なガレスやあんたを消したかったんだろうね。で、それが半端に失敗して、ドナールにまで手をかけちゃって、自棄になった。陳腐だね」  顔を上げ、俺に目を向ける。 「ただ、ちょっと思い出した。これは想像だよ。断片的に聞いた話を適当に繋ぎ合わせただけだから。三〇年前にね、チンピラが女を捨てた。その女には、子供がいて、成長して道を誤って、父親に会った」 「ドナール?」 「判らないよ。こんな話は、そこいらじゅうにごろごろしてる。ありがちすぎて、笑いも取れないよ。  子供はね、父親に歓迎されなかった。認めて貰えなかった。追い出されたりはしなかったけど、雑魚の三下と同じ扱いだよ。それでまあ、ひねちゃったんだね。――当たり前だって、なんで判らないのかな。堅気でいて欲しかったのに」  馬鹿だね。  アアイは肩を竦める。  死んだ男には、もう、なにも届かないのだけれど。   「わっ。ティニーさんも怪我してるじゃないですか。首、首」  振り返ると、もう乾いて赤い線となった彼女の傷を指して、セマが騒いでいるのが見えた。なんとなく呑気で、楽しそうだ。  ――今ひとつ、どこかすっきりしない。  けど、終わったのだ。全部、終わったのだ。       −25、あるいはエピローグ−    砦の屋上で、俺はぼんやり外を眺めていた。  砂漠には珍しくないカンカン照りで、日差しは痛いほどに強い。  そんな天気に遮蔽物の存在しない屋上というのは非常に居心地の悪い場所なのだが、フード変わりの掛布を頭から被っていれば後は吹き抜ける風が気持ちいいだけだ。  そこで俺は、荒野を見下ろしながら物思いに耽っている。  予定だったのだが。 「リーフさんはお茶と果実水どっちがいいですか?」 「早く来ないとおやつがなくなっちゃうよ」 「お前が食うペースを半分に減らせば充分残るだろ」 「わ、なんで僕のお皿から取るんですか」  最早つっこむ気も失せる。  振り返ればそこには。  俺と同様に頭から掛布を被り、子供だましのお化けに扮した集団が、いつの間にか円陣組んで呑気に食い物を広げていた。 「あ、お茶は水出しだからちゃんと冷たいですよ」  藤色の髪のお化けが、水差しとグラスを上げてみせる。 「――お茶にしてくれ」  ふう、とため息をつき、円陣に近づいた。なぜかお誂え向きに空間のある藤色の隣に座る。 「一人で悩むと禿げるよー」  もふもふとマフィンを平らげる男が、にやりと片眉を上げて見せた。器用なことだ。  は、禿げますか、ホントですか、うわうわ。そんな風に、悩み多き僧侶が一人狼狽えた。        一人で考え込むことを、こいつらは危惧してくれる。    あの後、戻ってきたランドックや傭兵、そして砦の生き残りの動ける者達で、墓を作った。  砦の裏に穴を掘り、麻布で包んだ親父たちを埋め。その上に墓標変わりの石を置く。  本職のセマが長い祈りを捧げてくれて、ろくでなしの末路にしちゃ上等だと頷く声が聞こえた。  盗賊団は、解散した。そうかっちりした組織ではなかったから、わざわざ解散を宣言するのも違和感ある話ではあるが。  全員で、ドナールが溜め込んでいた金品を分配し、成り行きで居残っていた傭兵たちにも、幾ばくか渡した。内輪もめに巻き込んでしまったことへの詫びのつもりだったが、随分と感謝された。  足を洗って堅気に戻るもよし。他の同業者を頼るもよし。居残るもよし。とにかく各々、好きにしろよ。そういってその場を閉めた。    おかげで今、砦は随分と閑散している。  残った奴らは、俺を首領に祭り上げた。  年齢や経験を鑑みればランドックがなるべきなのだろうが、所詮ただの名目だ。  新生盗賊団首領はわずか一六歳の少年、面白すぎ。そんな馬鹿の声に乗ってやり、謹んでその名を頂いた。  跡目云々は現実のものになったのだ。皮肉な話だが。       「ランドックさんはいつ帰って来るんでしょうか」 「ダーナに行ったんだ、あと二日はかかるだろ」 「あー、鳩がきてたよ。手紙にね、ニュミエが戻ってきてるって書いてあった。一緒にくるから、もうちょっとかかるってさ」 「げ、ニュミエさん」 「ニュミエさんてどなたですか」 「ああ、盗賊。そんでセマのハニー」 「誰がハニーですか誰が」  馬鹿話は続く。 「そういやねえ、名前なんてしようか」  突然、話をふられた。 「名前? なんの」 「新生盗賊団の名前に決まってるでしょう」  決まってるでしょう、って、どんな話の流れでそうなるってんだ。 「やっぱないと不便でしょ、名前」 「どうでもいいだろ、今までだって特に決まってなかったんだぜ」 「うあーつまんない反応。そんなこというなら「リーフと愉快な仲間たち」とかにしちゃうぞ」 「それは嫌だ絶対駄目だ全力で却下だ」 「そんなムキになって否定しなくても」 「ムキになるわ」  俺とアアイの阿呆らしいやり取りを、ティニーの挙手が遮った。 「……あの、カクタス、なんてどうでしょうか?」  真面目に考えていたらしい。 「砂漠に咲く花です。肉厚の葉に、棘だらけで」 「カクタス、仙人掌か」  無骨で素朴で間の抜けた、けれど凄く鮮やかな花を咲かせる植物。  悪くない。  口の中で呟いたつもりの肯定は、しっかり聞き取られ拾い上げられた。 「皆の衆も異論なし? そんじゃカクタスにけってーい」 「って俺たちだけで勝手に決めていいのかよ」 「首領がなにいってんだか。自覚が足りないねえ」  うるせぇよ三下。そういって俺は立ち上がり。  誰が三下だってこのお坊っちゃま。指を鳴らしながら、アアイも受けて立つ。  そして始まるのは、馬鹿馬鹿しい喧噪だ。  食べ物飲み物抱えてセマは早々に避難し、おろおろ無謀にも仲裁のタイミングを窺っていたティニーも、呆れ顔を隠そうともしないクリューゲに引っ張られ距離を取った。  果てしなく呑気で、果てしなく日常。    盗賊団カクタスの第一歩は、こんな風にして、始まったのだ。       ===========================================  あとがき    これを読む方は「#1」を読み終えている、ということを前提に。お疲れさまでした。長くてすいません。更新遅くてすいません。  なんかまだまだ続いてしまうんですが、宜しかったら気長におつきあい下さい。いやホント気長に。    冒頭の引用は、脱獄カルテットの投げ遣り逃亡映画「バンディッツ」から。総タイトルの由来ということで。ちなみに英和辞典を引くと、bandit は概ね「山賊」と訳されているようです。山賊て。ちなみに盗賊は thief、海賊は pirate。  ちなみに他のタイトル候補は、「カクタス(「仙人掌(サボテン)」の意。盗賊団の名前に流用)、デスペラード(「ならず者」の意。バンデラス)、マローダー(「略奪者」の意。可愛いメックのタマゴひよこ)なんかがありました。カタカナタイトルに拘っていたようです。デスペラードも語感がいいよな。ならず者。なんかに使えないかしらん。そしていい加減既存のタイトルをパクるのはどうよと思わんでもなく。    キャラクターについて設定とツッコミ。   リーフ  #1開始時点で(以降同様/だいたいレイドリックがフィアナを襲撃する頃かな。まだタイムテーブル組んでないので、矛盾が出てたらごめんなさい)一六歳。「#1」終盤で出生の秘密を明かされ損ねた本編主人公。あそこで「知ってた」「どうでもいい」と答えやがったので、説明の機会が以下次号になってしまったよどうしよう(マジ)。  クレバー、ワイルド、クレイジー、をコンセプトに、「イっちゃってる」少年を目指したのですが、蓋を開けてみたらクール&ドライぶりっこでちょっとすさんだお人好しに。一六歳はもうちっと幼いよな、と思わんでもないですが、環境と時代が、ということで。  クラス/レベル/装備は、マスターナイトLv7(反則)、鉄の剣、光の剣☆50、ライブの杖は所持しているけど持ち歩いてはいない、リターンの杖は前半でエスリンがエーディンに託したので持っていない、くらいで。   ティニー  どうも砦暮らしが苦になってないっぽい一五歳のお嬢様。男所帯で、特に生理現象関係がどうなっているのか非常に気に掛かります。  性格とか原典に割と忠実に、大人しく控えめ、なつもり(なお、この物語に於いて、リンダはフリージ王家に引き取られておらずアミッドと一緒にシレジア在住)。いろいろ挙動不審ですが、その辺りの事情は次章で描かれ、たらいいなあ。  クラス/レベル/装備は、マージLv3、サンダー、エルサンダー。トローンは原典通りイシュトーの手に。   アアイ  ファニー&クレイジーなイザーク人剣士二五歳。一〇代半ばでガレス達と知己を得、盗賊団に身を寄せる。ガレス派ではランドックの次に古参で、べらぼうに強くて、リーフの兄貴分で剣の師匠。  つーかキャラ立ちすぎです。世界観にそぐわないかなあとも思ったんですが、一人くらいはじけた人が居ないと書いてて辛いので。で、凄く動かし易くてつい出番が増えました。なにをいっても許されるキャラクターというのは便利です。某友人には「名前が呼びづらい」と評判でした。ありー。  クラス/レベル/装備は、ソードマスターLv15(反則)、鋼の大剣。    クリューゲ  口の重い平民出身の元フリージ騎士二一歳。寡黙というより無愛想。七章の闘技場出場者から名前を拝借、というか出場っつう裏設定を考えていましたが、ちと無理がありますね。愛称はリュー。  バランス的に、言葉に重みのある人が欲しいかな、と。オヤジキャラ以外で。しかしあんまり喋ってくれないので話が進みません。  クラス/レベル/装備は、ランスナイトLv7、鋼の槍、手槍。   セマ  旅の途中盗賊団に拿捕された不運の僧侶二〇歳。最終的にガレスの保護下に置かれ、結果ガレス派と目される。生真面目で気弱でやや天然で打たれ強くて結構懲りない人。なんだかんだいってリーフのよき友人で、完全に馴れ合っている自分に浅く悩んでたり。  ツッコミが一人はいないとね、ということで、常識的な善人です。僧侶なのは、FEの伝統ということで。リーフもツッコミですが、こっちは悪党の常識。  クラス/レベル/装備は、プリーストLv6、ライブの杖、リライブの杖。   ランドック  ガレスの部下で、ガレスに恩義を感じ忠実に付き従う燻し銀のおやっさん四五歳。ガレス亡き後はリーフの後見人に。七章の闘技場出場者から名前を以下略。通称おやっさん。  クリューゲとキャラが被りますが、親父キャラは必要だろうと。「#1」ではドナール、ガレスの双璧親父が居て影が薄いですが、「#2」以降はそこそこ発言が、あるといいなあ。  クラス/レベル/装備は、ウォーリアLv15、銀の斧、鋼の弓。 ダナエ  年齢不詳。トラキア生まれの竜で、リーフの妹分(ただし、本竜は姉貴分と思っているフシ有り)。  これまた反則なのはわかってるんですが、潤いが欲しかったんです。ムサイのばっかは楽しくない。それに、この話の設定だとアルテナがどう頑張ってもデュークナイトなので、リーフが竜保持でもいいかなあ、と。ティニーとウマがあったようなので、まあ良き哉でした。  彼女が戦闘に利用されることは基本的にありません。禁じ手です。あくまで、巨大なマスコットで。実際ゲームでもわたしはドラゴンナイツを待機組にしていたし、まあなんとかなるもんでしょう。   ガレス  享年四三歳。リーフの養父で、砦の次席。慎重派。参謀役というか、苦言を呈する役目。煙たがれがちだけど、それがなければ砦はとっくの昔に瓦解したでしょう。元々頭脳労働な仕事をしていたのですが、暗黒教団がらみでいろいろあって、あれよあれよと転落した人。基本的には悪党でもなんでもないので、必要以上の暴力を嫌います。これがブレーキになったので、砦の面々は暴虐の限りを尽くす破滅ルートを採りませんでした。  ってな感じの内情を本編で書ききれず、ドナールに食われちゃって影が薄くなってしまったよゴメンナサイ。雑な親父の方が書きやすくてなあ。   ドナール  享年五二歳。砦の首領。豪放磊落で刹那主義。裏表無く面倒見がいいので慕われるが、気分屋で短気なので恨み辛みも結構買っている。リーフに悪さを仕込んでくれたりして、ガレスとの仲に亀裂が入っても尚リーフはこの親爺を慕っていた。  おそらく初期設定から最も変わった人。雑で単純でおもろいおっさんは書きやすいんだよなあ。   ティウツ  享年三〇歳。カクタスNo.3。ガレスが目の上のたんこぶ。  ドナールを唆しガレスを謀殺する、という初期設定が、ドナール愉快親爺化のため変更を余儀なくされてしまい、悪役を一人背負って立ちわけわからん設定も背負ってしまった人。最初はただの咬ませ犬だったんだけど、これは出世なのかどうなのか。  ただの下衆、というのはやっぱ書けんかった。その人たらんとする納得行く理由がないと、辛いよなあと。まあ技量の問題なんですが。    ところでわたしはどうでもいいウソ蘊蓄をつらつら書き連ねるのが好きなようです。飛竜の話とか、魔法の設定とか。しかし概ねは頭の中のウロな知識やその場のノリででっち上げているので、ちゃんと「設定」として纏めておかないとおいおい整合性が取れなくなるな、とかちょい思いました(今はまだ破綻してない、はず、なのだけど)。まあ、いつか多分そのうちに。 「BANDITS#1 仙人掌の花」 20021120-20030628/20030909-20031129改訂 written by いぬだきねも 「うたたねチャーリー」http://www.soma.or.jp/~concrete/